この研究の目的は、不可逆圧縮技術を利用することにより従来とは全く異なった原理によるデジタル署名の数学的原理を提案し、より実用的な認証のアルゴリズムを確立することにある。提案するデジタル署名のプロトコルは、以下のように構成される。1.復号が密行列による線形操作になるような不可逆圧縮を、秘密情報を利用してデジタル文書に行う。2.圧縮されたデジタル文書を「署名」としてもとのデジタル文書に添付する。3.「署名」に密行列を作用させてデジタル文書が歪み基準内で復元されたら認証とする。このとき密行列による復号は簡単だが(単なる線形操作)、不可逆圧縮過程は計算量的に困難になっている。そのため署名を添付するには密行列の非自明な分解に基づく特異的な圧縮過程を開発する必要があり、同時にこの分解そのものがデジタル文書の正当性を保障する秘密情報となる。この研究では、低密度パリティ検査符号を利用した公開かぎ暗号系と同様に検証情報となる密行列を構成する。この秘密情報によって符号化は大規模疎行列を用いた不可逆圧縮に帰着し、計算量的により簡単な問題に帰着する。つまり、この研究で提案するデジタル署名の原理は「(有限体上で定義された)行列の因数分解の困難性」および「行列の疎密に動作性能が極端に依存する符号化アルゴリズムの存在」に基礎を置いている。本年度は、符号化の設計原理とそれに基づく具体的な圧縮のアルゴリズムを開発した。この圧縮法は暗号用途と離れても高性能な不可逆圧縮の方法として有望であり、その見地からの関連研究も同時に進めている。
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