本研究は旧海軍が手掛けた鉄骨造建築の編年に関する基礎的研究である。平成15年度の調査では、横須賀市北部地区の旧海軍工廠、航空隊、航空技術廠の施設群を対象とした悉皆調査に着手した。旧横須賀海軍の中心施設は在日米海軍基地となっているが、この地区については平成15年度に横須賀市教育委員会が悉皆調査を実施し、本研究事業でもこれに同行してデータを網羅的に収集した。また、比較調査として旧佐世保海軍工廠の施設を写真撮影調査した。これらのデータ分析を進める中で、平成15年度の研究では鉄骨造の庁舎建築に着目して研究を進めて、『横須賀市博物館研究報告(人文科学)』に成果をまとめた。ここでは、関東大震災後に再建された旧横須賀鎮守府庁舎を主たる考察対象とした。史料としては、設計者の島田家に伝来する建設過程を記録した写真資料等、および、当時の新聞や雑誌等を用いた。この建物の竣工年代については、礎石の銘に大正15年とある。旧海軍の中心的施設であったこの庁舎は、鉄骨造として再建された点に特色を見出せる。構造形式が鉄骨造であることを更に特徴付ける仕様の一つは、同時期建設の施設にも共通してみられた「横須賀の海軍関係の大建築物(海兵団、海軍病院、鎮守府其他)に施されているグァナイト被工であって、ここではセメントガンが最も合理的に応用され」た点にあった。この仕様は、鉄骨を構造材として採用して厚く耐火被覆したものである。また、鉄骨の組立に際しては、クレーンなどの建設機械を利用しており、施工や構法の面などからみても鉄骨を合理的に利用していたといえる。すなわち、旧横須賀鎮守府庁舎は、関東大震災後で不備を指摘された建築についても、その施工性を継承しつつ耐震と耐火という当時の重要な問題点に対する克服の試みを世に提示した、建築技術史的にみて総合的に評価されるべき建築であるといえる。
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