ゴキブリは我々哺乳類に比してわずか百万分の一以下の脳容量しか持たないにもかかわらず、すぐれた匂い識別能を示し、嗅覚と他の感覚とを連合させて記憶する能力を持つことが知られている。加えて、匂いを処理する高次ニューロンは他の動物に比して格段に大きいことから、無限に存在する匂いを識別・記憶する神経機構を単一ニューロンレベルで解析できる利点をもつ。 昨年度の研究からはキノコ体(最高次嗅覚中枢)の出力側に位置する嗅覚情報処理ニューロンが匂い刺激に対し、1)初期スパイクバーストとそれに続く複雑なスパイク発火パターンからなる二相性の応答を示すこと、2)前者が匂いの濃度を、後者が匂いの質を符号化しているらしいこと、をつきとめた。 今年度はこれらの知見をもとに拘束下のゴキブリにおいて匂い(条件刺激)を触角に、砂糖水(無条件刺激)を触鬚に与えることで古典的条件づけの成立過程におけるニューロンのダイナミックな応答変化を捉えることをこころみた。しかしながら、触鬚固定に伴う侵襲性が高くなるためか、有意な応答変化を捉えることができなかった。そこで味覚刺激を触角に与える侵襲性の少ないパラダイムを新たに開発し、行動実験において良好な結果を得た。現在、本パラダイムを適用した高次ニューロンの細胞内記録、応答の解析を進めている。 一方、味覚系から嗅覚系への神経修飾経路を解明する第一歩として、触角の単一味感覚ニューロンの順行性染色に昆虫で初めて成功した。その軸索は一次嗅覚中枢(触角葉)に近接した領域(背側葉)、および食道下神経節に投射し、末梢における三次元的な細胞体の位置、および味覚のカテゴリーに依存した空間分布を示すことが明らかとなった。以上の成果は国際神経行動学会、日本動物学会等で発表し、高い評価を得た。現在投稿中の論文を含め、二本の論文の執筆を進めている。
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