分子生物学およびX線構造解析の技術の進歩により、これまでは大変困難であった膜タンパク質の立体構造が次々に明らかになりつつある。また、その立体構造に基づき、膜輸送タンパク質による生体膜を隔てた物質輸送のメカニズムの理解が格段と進みつつある。さらに、膜輸送タンパク質による物質輸送機構を深く理解するためには、1)膜輸送タンパク質のみならず周囲の溶媒分子や脂質二重膜を露わに考慮し、その相互作用が機能とどのように結びついているか調べること 2)膜輸送タンパク質の構造変化が物質輸送とどのように相関しているか理解すること が重要であると考える。 本研究では、特に、生体のCa2+の濃度の維持に重要な役割を担っている筋小胞体カルシウムポンプを用いた全原子分子動力学計算を行うことにより、上記の2点を理解したい。特に本年度の研究では、1)の理解を目標とした。脂質二重膜としては、筋小胞体カルシウムポンプが最大の活性を示すことが知られているDOPC(di(18:1))を用いた。まず、脂質二重膜と溶媒のみを含む系の分子動力学計算を行うことにより、膜厚、表面積などの基本的な物性が実験値と良く一致することを示した。さらに、この脂質二重膜に膜タンパク質を埋め込むソフトウェアを開発し、脂質二重膜・膜タンパク質複合体のモデリングに成功した。現在、この手法で、カルシウム結合型の構造およびカルシウム非結合型の構造に関する分子動力学計算を実行中である。これらの計算では含まれる原子数がそれぞれ、約28万と25万でありこれまでに報告された膜タンパク質に関する分子動力学計算では最大級の計算である。
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