成体マウス脳の脳室下層において生まれる細胞は、rostral migratory stream (RMS)とよばれる特殊な経路を通って前方の嗅球へ移動し、介在ニューロンに分化する。本年度は、Slit蛋白質の機能を明らかにすることを目的として以下の実験を行った。 (1)Slitノックアウトマウスの表現型の解析 申請者は既にSlit1とSlit2の両方を欠損するノックアウトマウスの新生仔の嗅球は野生型のものと比べ小さいことを見出していた。この異常の原因を明らかにするため、ノックアウトマウスの脳室下層と嗅球の中心部を通る矢状断切片を作成し、クレシルバイオレット染色によって形態を観察したところ、嗅球の大きさが異なる点の他は構造的異常を検出することができなかった。さらに移動中の細胞を可視化することを目的として、上記の切片を抗PSA-NCAM抗体、および抗doublecortin抗体で染色を行ったが、これらの蛋白質はRMSに特異的に発現しているわけではないため、染色結果から機能を明らかにするのに有用な情報を得ることができなかった。 (2)脳室内へ投与されたSlit2-アルカリ性フォスファターゼ融合蛋白質(Slit2-AP)の局在の解析 Slit2-APを発現する293T細胞の培養上清を濃縮しミニポンプを用いて脳室内に24時間投与した。脳を固定し、切片およびホールマウント標本を作製して染色を行ったところ、Slit2蛋白質は上衣細胞表面のみならず移動するニューロブラストが存在する脳室下層にも到達し、前後軸に沿った濃度勾配を形成した。従って、脳脊髄液中に分泌されるSlit2は、脳室下層を移動するニューロブラストに作用して方向の決定に関与する可能性が高いと考えられた。
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