精子間競争は性淘汰において重要と考えられている。体内受精を行う動物では、精子が運動能を維持しながら雌体内に一定期間留まり(貯精)、精子間競争に大きく関わると考えられる。また、ショウジョウバエでは、貯精は、雌の再交尾を抑制し、はじめに交尾した雄の精子が他の個体との精子間競争を避けるように働く。そこで、貯精に異常のあるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の雄不妊突然変異ms(3)236を用い、精子間競争における貯精の影響を明らかにすることにした。これまでに、ms(3)236雄の精子は交尾した相手(雌)の体内において貯められないために不妊になること、遺伝学的および欠失染色体マッピングによりms(3)236は第3染色体の95Fの領域の140kbの範囲に位置することが分かった。 そこで、この領域内の遺伝子であるcrumbs(crb)に挿入したP因子を再転移させ、crb遺伝子に加え、もうひとつP因子が挿入したと考えられる系統を97系統作製した。このうちの1系統(P3-4-7系統)がms(3)236と相補性しなかったため、ms(3)236の新たな対立遺伝子が得られたと考えられた。インバースPCR法により新しい挿入位置の決定を試みたところ、当初の期待とは異なり、P3-4-7系統にはP因子の挿入はひとつだけであること、jaguar(jar)遺伝子とcrbの間の31.3kbを欠失していることが明かとなった。ms(3)236は雄の妊性に関してjar突然変異を相補すること、ウェスタンブロッティング法によりms(3)236はjar産物を発現していることが明らかとなった。ショウジョウバエのゲノム情報によると、31.3kbの欠失の中には6つの遺伝子が存在または推定されており、ms(3)236はこのうちのひとつであると考えられる。
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