本課題で購入したワークステーションにBLASTやFASTAをインストールし、基本的な生物解析環境を整備した。後述する水平遺伝子移行検出プログラムも導入した。また、完全長配列が入手可能な微生物ゲノムをDNAデータバンクからすべて入手した。rRNAを用いて分子系統樹を作成し、同義置換(アミノ酸置換を伴わない塩基置換)が飽和しておらず十分正確に推定可能と考えられるような近縁種の組を選定した。この結果、真正細菌で94組、古細菌で1組のゲノムを利用することができた。これらゲノムの全タンパク質配列間で総当りのBLSATP検索を実行し、相互ベストヒットの組を取ることによって直系遺伝子(オルソログ)を同定した。これらのゲノム内で、ベイズ推定とマルコフモデルに基づく方法により、水平移行したと考えられる遺伝子を予測した。また、直系遺伝子の組の間で同義・非同義置換を根井-五條堀の方法で推定した。同義置換はほぼ中立であると考えられるので、非同義置換と同義置換の比(非同義置換を同義置換で割った値)はアミノ酸置換に対する自然選択強度の指標となる。この比の全直系遺伝子の組の平均値を生物の系統間で比較したところ、非常に大きな差があり、大腸菌のような腸内細菌ではきわめて小さい(およそ0.1)即ち自然選択が強いのに対し、例えば髄膜炎菌では0.22、結核菌では0.18のように、他種では相対的に自然選択が弱い傾向を発見した。更に、直系遺伝子の組を水平移行遺伝子と非水平移行遺伝子に分類し、自然選択強度を比較したところ、水平移行のほうが非水平移行より値が大きい(自然選択が弱い)事を見出した。例えば大腸菌K12株とO157ではそれぞれ0.10と0.36、ピロリ菌では0.22と0.55である。これは、一般的に近年その重要性が強調されている水平移行において、むしろ進化的には重要度が低いという意外な結果を示している。
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