近年、種子のプロトプラストにおいてABAのシグナルがリン脂質のひとつであるホスファチジン酸(PA)を介して伝達するという知見が得られている。その知見をふまえて、発芽過程におけるシロイヌナズナ野生型無傷種子のPA量を測定したところ、発芽過程12時間目において最もPAの産生が見られその後減少していくこと、低濃度のABAを介在させておくと、PAの産生量の増加が見られることを明らかにした。そこで、発芽過程において機能するPAの代謝酵素は、ABAのシグナル伝達に重要な役割をしているという仮説を立てた。この仮説を検証する為に、PAの分解酵素であるホスファチジン酸ホスファターゼ(PAP)に注目し、種子発芽過程に機能しうるPAPの候補として、種子及び芽生えに発現しているPAP2の解析を行うことにした。PAP2によるPAの分解が、種子発芽にどのような作用を果たしているかを調べるために、PAP2のノックアウト変異体(pap2)を用い、発芽時のABA感受性を調べた結果、高感受性を示すことを見出した。一方、PAP2過剰発現体は、発芽時のABA感受性は野生型と顕著な違いはないことがわかった。pap2の発芽過程におけるPA産生量を調べたところ、野生型の同条件と比較して有意にPAの蓄積が見られ、野生型でもPA産生量の増加が見られたABA 1μM条件下では、5倍超のPAの蓄積が見られた。したがって、本研究課題において(1)pap2が発芽時にABA感受性であること、(2)pap2は発芽過程において低濃度のABA存在下で顕著なPA蓄積を示すことから、発芽過程においてPAP2はABAのシグナルによって産生するPAを分解し、発芽を促進する機能を持つ、ABAシグナリングの負のレギュレーターとして機能することが示唆された。
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