本年度においては、ナメクジの嗅覚忌避学習に重要であるとされる前脳葉機能解析、および遺伝子機能解析のためのRNAi法の確立に成功したので、以下に報告する。 1.ナメクジ中枢神経系において、前脳葉は嗅覚学習に重要であるとされてきたが、技術的な困難から、これまでに決定的な証拠は得られていなかった。研究代表者らは、麻酔下のナメクジの前脳葉を両側性に破壊し、回復させたナメクジを用いて学習実験を行うことに成功した。まず前脳葉破壊後、7日目にニンジンをCS、キニジン溶液をUSとして条件付けし、翌日の記憶保持を調べた。その結果、擬手術群に比べて前脳葉破壊群ではニンジンからの忌避率が有意に低下していた。また、条件付け後、3時間後、1日後、3日後、7日後のいずれかに前脳葉を破壊し、その3日後の記憶保持を調べたところ、いずれの条件においても擬手術群に比べて前脳葉破壊群ではニンジンからの忌避率が有意に低下していた。以上の結果から、ナメクジの前脳葉は嗅覚忌避学習記憶の保持または想起に必要な脳部位であることが明らかになった。 2.ナメクジでは、遺伝子抑制技術として長鎖dsRNAを体腔にinjectionする方法が、限られた条件のもとで有効であることが知られていた。しかしこの方法では、injectionした部位近傍においてのみ、限られた遺伝子についてだけ効果があり、中枢神経系では効果がないことが分かっていた。研究代表者らはこういった制限を克服するため、ガラス微少管を用いた微量注入を前脳葉に適用し、さらに化学合成されたsiRNAをリポフェクション試薬と混合して使用した。そして高カリウム刺激によって発現誘導されることが知られている転写因子C/EBPの発現が、injectionした翌日のナメクジ脳では抑制されることが見いだされた。さらにこの抑制効果は標的遺伝子特異的であることが示された。本研究により、in vivoのナメクジ脳において、特異的な遺伝子発現抑制が可能であることが明らかになった。
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