過剰発現により酵母にヒ素耐性を付与することが見いだされた因子Pbs2は、浸透圧の調節などのストレスに応答し細胞内にシグナルを伝達する経路に含まれる因子である。Pbs2が関わるシグナル伝達経路上の因子の遺伝子欠損株のほぼ全ては、ヒ素に感受性を示したことから、これらのシグナル伝達経路がヒ素耐性に関与する可能性が高いと考えられる。 Pbs2は下流の因子Hog1をリン酸化し活性化することによりシグナルを伝達する。そこで、HOG1遺伝子欠損株に、リン酸化部位に変異を導入した変異型Hog1を発現させ、亜ヒ酸感受性に及ぼす影響を調べた。その結果、リン酸化部位に変異を導入した変異型Hog1は亜ヒ酸感受性を回復せず、HOG1遺伝子欠損株と同様に高い亜ヒ酸感受性を示した。さらに、これらの株について細胞内ヒ素量を測定したところ、HOG1遺伝子欠損株は野生株よりも顕著に高い値を示し、リン酸化部位に変異を持つ変異型Hog1を発現させても細胞内ヒ素量は高く維持された。したがってPbs2を介したHog1のリン酸化によるシグナル伝達が亜ヒ酸耐性、および細胞内ヒ素量調節に重要な役割を果たしていることがわかった。 そこで、亜ヒ酸の取り込みに働くトランスポーターの一つであるFps1について、HOG1遺伝子欠損株との関連を調べた。HOG1欠損株は野生株よりも亜ヒ酸に高感受性を示したが、HOG1FPS1二重欠損酵母では、FPS1欠損酵母と同程度の亜ヒ酸感受性を示した。さらに、FPS1が欠損された条件では、HOG1をさらに欠損しても、細胞内ヒ素蓄積量もそれほど増加しないことも明らかとなった。また、細胞膜画分中のFps1蛋白質の量はHOG1欠損株では野生株の2倍程度存在することも判明した。 以上の結果から、Pbs2やHog1を含むシグナル伝達経路は、Hog1のリン酸化を介して細胞膜上のFps1発現量を抑制し、細胞内への亜ヒ酸の取り込みを抑制していると考えられる。これらの結果は、ヒ素を感知し、その取り込みを調節するシグナル伝達経路が生体内に存在する可能性を示すものである。
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