本研究は、交通事故におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の現状把握と司法上の問題点を明らかにすることを目的とした。PTSDをめぐる交通事故損害賠償訴訟は、東京地裁平成14年7月17日判決以降、否定判決へと傾いている。しかし、同判決は、DSM-10あるいはICD-10の診断基準にある4要件を厳格に用いるべきであるとしたもので、非器性精神後遺障害を一律に14級10号と評価するものではない。平成15年8月8日付で労災における神経系統の機能又は精神の障害に関する認定基準が改定され、非器性精神障害も障害の程度に応じて9級、12級、14級の3段階の障害等級が認定されることとなった。今後、自賠責の認定もこれに準拠したものとなっていくことが予想される。精神科医のPTSD診断乱用は、収束に向かいつつあると思われるが、鑑定者による診断の格差をなくす意味でもCAPS(PTSD臨床診断面接尺度)を診断に導入するべきであろう。また、損害賠償問題が関わる場合、疾病利得を目的とした詐病を生み出す可能性が懸念される。診断はPTSD専門家によって慎重に行われるべきであって、MMPI-2といった心理学的測定尺度評価の併用や付帯事実の確認、医学的整合性や一貫性の検討など総括的診断が望まれる。また、当初、PTSDは「異常な事態における正常反応」とされていたが、最近の研究では脆弱性や素因も危険因子となることが明らかとなっている。今後、素因減額を考慮すべき事案が増えるものと思われる。一方、裁判例からは交通事故後のPTSDの実態像を捉えきれないということも次第にわかってきた。司法のプロセスにおいて被害者は思い出したくない恐怖体験に否応なく向き合うこととなり、その結果、症状を悪化あるいは遷延化させる可能性がある。このため極めて重症なPTSD患者が法廷の場に現れることは稀であると考えられるからだ。概念の混乱から必要以上にPTSDへの疑念を生むことで真の被害者の存在を忘れることがあってはならない。
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