椅子からの立ち上がり試験では、頭部と体幹の重力方向に対する角度変化を計測し、健常者では体幹の前屈とともに頭部が後屈し、頭位を鉛直に保つ傾向が見られるのに対し、前庭障害例では頭部が体幹に固定される傾向があった。同時に、頭部と体幹の角度変化の運動開始位相を計測すると、健常者では頭部と体幹の角度変化の位相が一致するのに対し、両側前庭障害例では頭部の角度変化が体幹の角度変化に対して遅れることが判明した。これは、健常者の頭部、ひいては末梢前庭器官の角度がfeed forward mechanismにより鉛直に保たれるのに対し、両側前庭障害例では頭部の体幹への固定にfeedback mechanismが関与しているためと考えられた。これに対し、体幹前屈・頭部後屈のピーク時の位相を計測すると、健常者と両側前庭障害例との間に有意差は見られず、立ち上がるという一連の運動自体は高度に自動化されたものであることが示唆された。さらに、日常生活下で転倒等の原因となりうる視覚刺激による外乱の付加が立ち上がり動作に与える影響を調べるため、スクリーンに視運動刺激を投影し、その条件下での計測を開始した。 急速な視線方向変化と体性感覚刺激に伴う重心偏倚の方向の相関については、両者が少なくとも一時的には一致することが追試し得た。これは視線方向の意識的な変化が脳内座標の向きを変化させるためと解釈される。さらに複雑な視線の変化に対する重心の偏倚を経時的に検討するため、投影型の指標提示装置と赤外線ビデオ眼振計を用い、さらに重心動揺計を改造して眼振計と同期させるシステムを開発した。体性感覚刺激提示については、自作した振動刺激装置を継続使用することとした。これにより、健常者において、指標追視や、ランダムドットを用いた半意識下の眼球運動が重心偏倚方向に与える影響の検討を開始した。
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