現在確立されている嗅覚検査として、T&Tオルファクトメーターによる基準嗅覚検査とアリナミンによる静脈性嗅覚検査とがあるが、いずれも被験者が嗅感を自覚した時点で自己申告するため客観性に乏しく、労災認定や後遺症認定において詐病を見抜くことは困難であり、コミュニケーションがとれない被験者には施行できない。他覚的嗅覚検査の試みとして、ニオイ刺激前後の脳波の測定、Functional MRIなどの報告があるがいずれも高価で煩雑な装置を必要とし、検査に長時間を要するため広く普及するには至っていない。 そこで、我々は自律神経の検査法として確立されている瞳孔対光反応を他覚的嗅覚検査として応用する方法を検討してきた。ニオイ刺激は自律神経に直接的な影響を及ぼすので、ニオイ刺激前後の瞳孔対光反応を比較することで瞳孔面積の変化を間接的な嗅覚の指標として用いることが可能である。 本方法は比較的簡便な装置で、短時間で嗅覚を評価できるため、被験者への負担が少ない。これまでの実験で、縮瞳率の変化に一定の傾向を認め、再現性のある嗅覚の指標となることが判明した。嗅覚正常者を対象に検討したが、不快臭刺激前後で縮瞳率が上昇した。また同一被験者における再現性も良好であった。アルツハイマー型痴呆症例では刺激前後では、縮瞳率の変化を認めなかった。これはニオイを検知可能であっても、認知することができないためと考えられる。アルツハイマー病の患者では、比較的早期にニオイの認知能が障害され、痴呆が進行するに連れて検知能も低下してくるとの報告があり、本方法が確立されればアルツハイマー病のスクリーニングにも応用可能である。また末梢性嗅覚障害症例では嗅力に応じて縮瞳率が変化する傾向を認めた。本方法が臨床応用されれば、嗅覚障害患者の診断や治療効果判定にも大きく貢献するものと考えた。
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