本研究の課題は、戦後日本の政治思想を欧米の政治思想と比較分析することを通じて、個々の思想家の議論をより広い理論史の中に位置付け、その普遍性と特殊性を解明することである。2015年4月に来日して以来、現時点まで「大衆」と「市民」を鍵概念とする政治思想を中心に、それが欧米と日本の思想史の中でどのような変遷を遂げてきたかを追跡してきた。具体的に、本研究は二人の戦後思想家、藤田省三(1927-2003)と松下圭一(1929-2015)の政治思想が、それぞれ現代のラディカル・デモクラシー論の二つの潮流である「闘技的多元主義論」と「熟議民主主義論」と高い類似性を有し、さらにそれらに比べて時期的に先駆性を見せていることへの着目から出発した。こうした類似性と先駆性が出現した要因は、20世紀初頭から「市民社会」という語で、様々な政治理論が持続的に論じられてきた、日本の言説空間の特殊性にある。なお松下の場合、彼の政治理論が1960-70年代の革新自治体の登場と相まって、実際に現実政治の領域にも大きな影響力を及ぼしたことは、日本の思想史と政治史の特徴が結合した希な例として強調すべき点である。以上の研究成果は様々な発表の場を通じて一定の評価を得ることができた。またその成果を単行本として出版する計画が確定しており、年度内の刊行を目標に原稿の修正・執筆を進めている。
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