研究課題/領域番号 |
15F15006
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉澤 誠一郎 東京大学, 人文社会系研究科, 准教授 (80272615)
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研究分担者 |
SCHICKETANZ ERIK 東京大学, 人文社会系研究科, 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | 日中関係 / 仏教 / 中国近代史 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、1930-40年代の中国北部における対日協力と宗教の関係を究明することである。天津・北京を中心として、1930年代の始め頃から、中国人と日本人が共に参加した中日密教研究会という仏教組織が活動した。この団体には天津の日本人ビジネスマン、日本領事館のスタッフ、支那駐屯軍の将校、北京政府の元政治家、そしてパンチェン・ラマも加盟しており、政治的な利害関係と宗教が交錯するネットワークのよい事例である。日中戦争の開始後、この組織に入っていた中国人要人の多くは北京で成立した協力政権中華民国臨時政府の中心メンバーとなり、仏教のみならず、宗教一般を重視する姿勢を示した。1940年頃成立した仏教同願会という仏教組織には、多くの親日派の政治家が入会していた。宗教は彼らの政治思想の中で重要な位置を占めていたと推測される。それが唯一の動機ではないが、中国北部の対日協力政権に参加した多くの要人たちの行為は、宗教を考慮に入れずには理解できないと思われる。対日協力者における宗教信仰を検討することによって、対日協力政権の性格のうち従来見過ごされてきた重要な側面を明らかにすることができる。中日密教研究会については、台湾の中央研究院で開催されたAAS-in-Asia国際学術大会において初歩的な考察を発表した。 博士論文の刊行準備も行った。東京大学より学術成果刊行助成金を受けて、博士論文は2016年の6月頃『堕落と復興の近代中国仏教--日本仏教との邂逅とその歴史像の構築』というタイトルで単著として法蔵館から出版される見込みである。また、博士論文の研究成果の一部をアメリカ合衆国のアトランタ市で開催されたAmerican Academy of Religionの2015年次学術大会において発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
去年の4月からの一年間に多くの関連資料を入手できた。東京の国会図書館や東洋文庫とともに、特にアメリカ合衆国のハーバード大学とスタンフォード大学で中華民国臨時政府や華北政務委員会関連の貴重な資料をみつけることができた。主に中日密教研究会と仏教同願会を中心として資料を集めているが、この二つの組織に限定せず、中国北部の対日協力政権、または段祺瑞や王揖唐等の人物に関する資料を視野に入れて資料調査を進めている。一次資料を収集するとともに、1930年代の天津や中国北部、または中国北部における日中戦争についての主な先行研究を検討した。 資料分析の上では、中日密教研究会の関連資料に集中し、この団体についての初歩的な考察を2015年のAAS-in-Asia学術大会で発表した。筆者の見解ではこの会に関してはまだ「対日協力」という概念が当てはまらないが、日本側と中国側のメンバーが政治面や経済面において存在する両国間の摩擦を宗教によって克服しようとしたようである。さまざまな政治的衝突があるという背景の下で、「親善」の思想的土壌を提供してくれるという期待が、1930年代の日中関係における宗教の思想的役割のひとつを示しているという結論を得た。
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今後の研究の推進方策 |
今後も資料収集を続けながら、資料の分析に集中したい。6月は中国国家図書館、北京市档案館と天津市档案館で資料調査を行う予定である。2016月7月半ばごろは最新の資料にもとづいて中日密教研究会についての考察を深めた研究成果をドイツ・ハノーファー市でベルリン自由大学によって開催されるModalities of Interwar Globalisation: Internationalism and Indigenization among East Asian Marxists, Christians, and Buddhists国際学術大会で発表する予定である。中国北部の対日協力政権(中華民国臨時政府と華北政務委員会)における宗教の位置づけを全体的に捉えることはまだ時間を必要とするが、次の段階ではまず政権の多くのメンバーが参加していた仏教同願会の資料分析に入りたい。仏教同願会は中国人の協力者たちにおける政治と宗教の関係を示しており、政権内の統合という機能を持っていたのみならず、特に松井石根大将や北平特務機関長松室孝良大佐が仏教を利用すべきだと判断したため、北支那方面軍の文化工作との関連でも注目すべきである。
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