本研究では,視床・聴覚野を同時計測し,意識的な知覚に関わる神経活動の特徴を調べることを目的とした.当初の計画では,聴知覚を報告できるように,ラットにレバー操作を学習させ,意識にのぼった刺激と意識にのぼらなかった刺激に対する視床・聴覚野の神経活動を調べようと考えた.実際に,ラットが聴知覚を報告できるような行動実験系は構築できたが,視床・聴覚野を同時計測しながらの行動実験は,技術的な問題から実現できなかった.そこで,迷走神経刺激 (VNS) による視床・聴覚野の神経活動の変化を調べることにした.なお,VNSは,セロトニン系やノルアドレナリン系を賦活し,覚醒作用を含む広範な調整作用を及ぼすと考えられている.生理実験では,大脳皮質の平面方向と深さ方向の神経活動に加え,皮質と視床を同時計測した.視床の聴覚中枢の内側膝状体は,一次聴覚野から脳表に対して垂直に5 mm刺入すればアクセスできる.刺入型電極に加え,脳表の神経活動を計測する表面電極アレイの基板上に穴を設け,刺入型電極アレイを通すことで,聴覚野の3次元的な計測と聴覚野・視床の同時計測を実現した.VNSの刺激では,パルス幅が130 µs,電流値が0.5 mAの,2相性の電流パルスとした.この電流パルスを,5分ごとに,10 Hzの頻度で300回,すなわち30秒間提示して,迷走神経を刺激した.VNS中の音刺激は,5分間の休止時間に提示した.麻酔下のラットに対して,聴覚野・視床における音に対する反応をVNS作動中と非作動中とで比較した.その結果,皮質表層 (1~3層) での誘発反応は亢進したが,皮質深層 (5/6層)や視床ではVNSの効果は認められなかった.このような層特異的な反応は,VNSによる音の識別・検出機能の向上に関わると考えられる.
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