ハガグ・ラナ氏が平成28年8月1日付で日本学術振興会特別研究員を辞職することになったため、本報告書も平成28年4月1日から8月1日までの研究活動について述べる。平成28年度は研究奨励費の受給が実質的に3か月という短期間であったため、成果の発表はないが、その間の研究実績は投稿論文として示されている。ハガグ・ラナ氏は、平成28年6月下旬に一橋大学大学院言語社会研究科の紀要『言語社会』に、「文体の選択に関する翻訳ストラテジーについての考察――クルアーンの日本語訳を例にして」と題さる論文を投稿した。この論文では、クルアーンの日本語訳に見られる翻訳ストラテジーを分析することにより、アラビア語と日本語における宗教言語の表現様式の違いに光を当てた。とくに、異なる言語間の文体の位置付けの違いが翻訳に与える影響を論じ、日本語訳におけるモダリティ表現や人称代名詞による呼びかけの形式の例を具体的に取り上げ、言語学的な分析をおこなった。とくにそこでは、目標言語による起点言語に対する「同化ストラテジー」の問題が詳細に論じられた。ハガグ・ラナ氏の研究の特徴のひとつは、地域研究の枠組みに翻訳理論の新たな成果を導入することにあることから見て、本論文が氏の研究の重要な骨格を成すことは疑いない。本論文は、その後の査読の結果、紀要に掲載が認められ、平成29年3月に刊行が予定されている。論文執筆自体は研究奨励費の受給期間に進められたため、本論文を研究実績として示すことができると思われる。この論文執筆の作業と並行して、氏はアラビア語の政治演説の言語分析を進めるためデータ収集の作業に着手しており、その成果は今後の研究のなかで示されるはずである。
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