研究課題/領域番号 |
15F15315
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
井上 公 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 電子光技術研究部門, 主任研究員 (00356502)
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研究分担者 |
SCHULMAN ALEJANDRO 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 電子光技術研究部門, 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2015-11-09 – 2018-03-31
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キーワード | 強相関エレクトロニクス / モットFET / ニューロモルフィック / 人工シナプス / 人工ニューロン / 酸素欠損 |
研究実績の概要 |
下記のようにHfO2層の作製がうまくいかず、モットFETの試作を行えませんでした。そこで前年度までに作製していたSrTiO3チャネルの電界効果トランジスタ(FET)で、パルス電場をゲート印加した時のチャネル電流の変化を系統的に測定したところ、非常に興味深い結果を得ました。パルス電場がある閾値を超えると界面に2次元金属相が現れます。するとパルスをオフにしても電流が流れ続けるのです(履歴現象)。パルスが閾値より小さいと履歴現象は起きません。この閾値前後で電流電圧曲線に負性抵抗が見られます(2次元金属相はパーコレィティブに形成される)。さらに界面のキャリア濃度はゲート電場から予想されるものより10倍増大します。これらは、「migration-induced field-stabilized polar (MFP) 層」の形成を仮定するとすべて説明がつくことがわかりました。SrTiO3表面にバルク方向に正の電界を印加すると、本質的に界面に存在する酸素欠損(正に帯電)がバルクに押しやられ(drift)、表面付近のバルク領域に欠損の少ない分極層(=MFP)が出現するというものです。本来のゲート電場が誘起する電荷+MFPが誘起する電荷なので、電荷濃度が増大したと考えられます。さらに界面が2次元金属に相転移すると、酸素欠損のdiffusionがゆっくり進む間はMFPが残り、電流電圧特性に巨大な履歴現象が出現するのだと説明できそうです。面白いことに、この2次元金属相が低温で近藤効果を示すことも確認しました。 巨大履歴現象のおかげで、素子はパルス時刻依存可塑性(STDP)を示します。さらに負性微分抵抗を利用すると、正負ゲインをゲート電圧で制御できる人工シナプスが作製できます(国際特許出願済)。この素子はゲート電場が小さいところでは履歴現象のない良い特性のFETになるので、全く同じ素子がニューロンにもなります。特筆すべき成果であり、現在特許出願準備中です。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で扱う遷移金属酸化物は本質的に欠損を生じやすい物質であるため、その上にゲート絶縁膜を積層してFETを作るのは容易ではありません。我々は、チャネル物質の上に6nmのパリレンをつけることで表面が保護されて、その後のプロセスや電界を印加した際に新たな酸素欠損が生じないことを確認しました。FETとして十分な電界効果を得るために、パリレンの上にさらに20nmのHfO2を積層させるというのが我々のデバイスのキーポイントです。このHfO2は原子層堆積装置(ALD)を用いて作製するのですが、我々はこの装置を持っていないため、物質・材料研究機構(NIMS)が文科省のナノテクノロジー・プラットフォーム(NPF)事業として共同利用に供しているALD装置を利用しています。ところが今年度はこのALD装置が不調で、試料ステージの変更をおこなうなどの措置を施したため作製条件が変わり、予定していたSrTiO3の(110)と(111)面およびNiOの(100)面などをチャネルにしたモットFETの作製には成功しませんでした。今年度に作製条件を詰めて、来年度には物性測定に入れると計画していたので、これは残念な予定変更になりました。 しかし、その研究にあてる予定だった時間で、これまでのSrTiO3の(100)面上のFETの電流電圧特性を詳細に検討しなおすことができ、履歴現象の出現と金属非金属転移の関係、負の静電容量の出現理由、ニューロモルフィック素子としての可能性、低温での近藤効果と非線形ホール効果について理解を深めることができました。昨年度終了時点ではそれぞれの現象のつながりが曖昧で、それぞれに都合の良い解釈を与えていましたが、理解が深まったおかげで整合性が取れ、それを用いると、全ての現象を予想通りに再現できるようになりました。これは電子素子としての応用を考えると非常に大きな進歩となりました。
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今後の研究の推進方策 |
ここまでの研究でモット転移のような金属絶縁体転移を応用したFETは動作速度が遅く、さらに本質的に欠損を生じやすいため歩留まりが悪いことがわかってきました。単純に半導体FETの置き換えを目指すとうまくいかないと考えられます。しかし「チャネルを金属化することで微細化の壁を破れる」というのは非常に大きな利点です。 脳はvon Neumann型の現在のコンピュータと異なり、たかだか100Hz程度で演算しているのに複雑な判断を行うことができます。したがって、この脳のプロトコルを模倣して機械学習などを行うニューラルネットワークに適合した、いわゆる「ニューロモルフィック素子」は、動作速度を重視されません。現在研究されている人工ニューロンや人工シナプスは多くの半導体デバイスを用いて構成されているため省スペース化が必須となっています。そこで我々は「モットFETはニューロモルフィック素子にこそふさわしい」と考えました。 SrTiO3のFETはニューロモルフィック素子として非常に高いポテンシャルを持っていることが判明したので、酸素欠損のドリフト易動度、拡散速度などを考慮したモデルシミュレーションを行い、履歴現象の温度変化などと比較することで、金属絶縁体転移に伴う巨大履歴現象と負の静電容量に相当する電荷濃度の増大が本当にMFP形成によるものなのかをさらに詳細に検証します。さらに、これを用いて簡単な機械学習のデモンストレーションを行うことを目指します。またニューロモルフィック素子に応用することを前提にV酸化物およびNi酸化物チャネルFETを作製しSrTiO3と比較した動作検証と、どのようなプロトコルで動作させるニューロモルフィック素子を目指すべきかの検討を行います。 これらの成果を論文発表や学会発表によって広く発信し、知財取得も目指します。
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