我々はいかなる時も、複数の感覚器官から入る情報を踏まえた上で知覚判断している。物を食べる時も例外ではなく、匂いや味などの感覚を統合して食味を感じているが、この二つの複合刺激が脳内でどのように表現され、またその神経表現がどのようなメカニズムで形成されるかは、他の感覚統合に比べて理解が進んでいない。そこで、高度な感覚機能を備えているものの、脳が比較的シンプルであり、遺伝学手法を用いて細胞を標識したり操作したりでき、かつ生体内の特定の神経細胞から活動を記録できるショウジョウバエを用いて、嗅覚と味覚の多感覚統合の神経基盤の理解を深めることを目指した。 ショウジョウバエは、吻もしくは足に存在する味覚受容細胞に糖を提示すると、吻を伸長する反射を示す。糖単独刺激と糖と匂いの複合刺激を提示したところ、後者に対して吻伸長行動を示す確率が有意に高いことが分かった。これによって、味と匂いの情報が脳内で相互作用することが分かった。さらに、異なる匂いを与えたところ、匂いによって吻伸長の頻度や持続時間が異なる事が分かった。従って、匂い特異的な感覚運動変換が行われていることが示唆された。また、触角とパルプという二つの嗅覚器官が吻伸長行動にそれぞれ固有の貢献をすることが分かった。また、匂いの連合学習と味の連合学習のそれぞれにキノコ体が必要であることが報告されているので、匂いと味の多感覚連合学習にもキノコ体が必要であることが予想される。そこで今後は、糖と匂いの複合刺激がキノコ体や新たに同定された細胞でどのように表現されているかを二光子カルシウムイメージングで調べる実験を行っていく。
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