遺伝情報物質であるDNAは、真核生物において、クロマチンを形成して核内に収納されている。クロマチンは、ヒストンタンパク質複合体の周りに約150 bpのDNAが巻きついたヌクレオソームを基本構造単位としている。クロマチンの構造は遺伝子の発現制御に重要な役割を有する。近年、寄生虫を代表例として、宿主細胞への感染にともなって宿主細胞のクロマチン構造に影響を及ぼす病原体が報告されている。本研究では、リーシュマニア寄生虫がヒストンを分泌する事から、リーシュマニア寄生虫のヒストンがヒトの細胞内で作用すると着想した。研究期間中に、ヒト培養細胞を用いた細胞生物学的解析を行い、さらにリーシュマニアヒストンH3(LmaH3)を含むヌクレオソームの生化学的解析、構造解析を行なった。 細胞生物学的解析においては、リーシュマニア寄生虫のLmaH3をヒト細胞で発現させ、LmaH3がヒト細胞の核内に取り込まれること、LmaH3がヒトのゲノムDNA上でヌクレオソームを形成することを示した。ヒト細胞内でのLmaH3のヌクレオソーム形成は、ヒト細胞の遺伝子発現プロファイルに影響すると考えられる。 生化学的解析、立体構造解析においては、大腸菌を用いてリコンビナントタンパク質としてLmaH3を発現・精製し、ヒトのヒストンと複合体を形成させ、LmaH3とヒトのヒストンからなるヘテロタイプのヌクレオソームを試験管内で再構成することに成功した。さらに、X線結晶構造解析により、LmaH3とヒトのヒストンを含むヌクレオソームの立体構造を3.6Aの分解能で決定した。本研究を通して、寄生虫感染の際に宿主クロマチンの構造が変化するメカニズムに対する理解が深まったことは大変な意義がある。本研究を行う間、産休および育児休暇を取得した。これらの事実から、2年間の実働の研究期間において十分な研究成果が得られたと評価する。
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