研究課題/領域番号 |
15H01843
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
岡村 均 京都大学, 薬学研究科, 教授 (60158813)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 生体リズム / 時計遺伝子 / 視交叉上核 / 神経回路 |
研究実績の概要 |
覚醒・活動・睡眠という生活リズムは、社会生活や個人の健康の基盤であり、食事、労働、個人生活も全てこのリズムの上に乗っている。ところが、現代の24時間社会では、我々をとりまく環境が急速に変化してきた。シフトワーク(交代性勤務や時差勤務)が常態となり、現代人は夜遅くまで強い照明を浴び、また、夜に活動して昼間に眠るなど自然の昼夜とは異なった明暗サイクルで生活する機会も増えている。このような生活環境が生物時計不調の引き金となる。不眠や概日リズム障害は、加齢性の脳の変性疾患でも増え、重大な問題となっている。では、このようなリズム異常はどのような機構で起こるのであろうか。周知のように、睡眠覚醒を司るのは概日リズムセンターである視交叉上核(Suprachiasmatic nucleus: SCN)であり、この神経核の破壊で生体リズムは消失する。哺乳類のリズム発振に関しては、時計遺伝子が単離され、全身の細胞中での転写翻訳フィードバックループの発振が確認されているが、未だに、なぜSCNのみが全身の細胞リズムを駆動する力を持っているのかは、解明されていない。今回、中枢時計SCNを中心とする、哺乳類生体リズムシステムの、リズム駆動・リズム調節のメカニズムを解明し、現代人のリズム不全の原因を探る。そこで、鍵となるのは、最近の代謝サイクルのリズムが時計発振に関与するという新しい考え方である。具体的には、これまで、我々が主導してきたSCNの遺伝子を網羅的にノックアウトするプロジェクト(SCN-Gene Project)を基に、物質・分子・細胞・回路という現代の新しい考え方でリズム発振を再定義し直し、リズム発振の分子・神経機構を解明し、概日リズム睡眠障害の動物モデルを作成し、リズムから見た疾病の新しい治療法や予防法の開発を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
脳の視交叉上核(SCN)における時計遺伝子の形成するリズムにより、約24時間周期の概日リズムは形成されている。しかし、最近は、代謝サイクルのリズムが時計発振に関与するという新しい考えが出てきおり、時計遺伝子の、転写、翻訳、またそれ以上のレベルの制御かどうかを決定することは、重要である。今回、我々は、哺乳類の生物時計の原型と考えられる、MEF細胞系を用いて、時計タンパク質PER2の挙動を検索した。その結果、PER2のリン酸化・非リン酸化状態がリズミックに発現することが分かった。このリズムは、タンパク合成阻害下では、直ちに減衰し、翻訳過程の存在がPER2リズム発現に必須であることが初めて明らかとなった。 サーカディアンリズムの環境周期への同調機能は、哺乳類では、一義的にSCNが担っている。一般に、リズム同期に最も強いのは光刺激である。今回、光以外の因子として神経伝達物質であるアセチルコリンを検討した。今回、時計遺伝子レポーター発現マウスから採取したPer1-luc レポーターSCNスライスカルチャー系の各位相に、アセチルコリン受容体作動薬Carbacholを培養液中に投与したところ,位相依存的に時計遺伝子のリズムが変動した。このことは、アセチルコリンがリズム位相の決定に重要な働きをしていることを示し、アセチルコリン作動薬が概日リズム障害の治療に有効である可能性を示唆する。 我々はさらに、概日リズムの新たな数理モデルを提唱し、薬を使わずに時差ボケを軽減する方法を提案した。実際、この数理をマウスに適応し、その有用性を確認した。この方法は、起床時間を変える方法で、時差ボケの症状の軽減だけでなく、シフト労働者の体のに優しいスケジュールづくりにも応用することが期待される。 以上は今年度発表したデータであるが、RNAメチル化を始めとする分子機構の研究も公表あと一歩のところまで来ている。
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今後の研究の推進方策 |
代謝レベルのリズムが生体リズムに影響することは、知られているが、具体的な分子機構は未だその全貌が解明されていない。この中で我々はRNAのメチル化に着目して研究を進めてきた、昨年までの研究で、m6A免疫沈降RNA-Seq解析全トランスクリプトーム(Me-RIP)の24時間プロファイリングを行い、高度にRNAメチル化された3’UTRにあるm6A-RNAメチル化によってアイソフォームの発現が制御される時計周期制御に関与するキナーゼを発見した。今年度は、このキナーゼに対し、まず、ゲノム編集をME細胞Fに適応し、細胞のリズム変異をスクリーニングする。さらに、プロテオミクスによる本キナーゼの分子機能解析を行なう。これにより、m6A 制御下のRNAが生物学的、機能的に意味のある制御を行っていることを証明する。 また、時差の実験系でも、このような非転写レベルの制御を中心に解明を進める。 さらに、昨年度までは夜行性のげっ歯類で研究していたが、今年度は、昼行性霊長類であるマーモセットの生体リズム制御機構を探索する。我々は、最近、霊長類のリズム測定が可能な、恒常環境測定室を日本で初めて京都大学に設置した。この部屋を利用して、最近、ヒト近縁のサルが非常に強いフリーラニングリズムを示すことを検出した。本年度は、この研究を発展させ、霊長類の脳内リズム発振機構、全身へのリズム伝達機構のDNAマイクロアレイ解析、メタボローム解析などの物質レベルの解析を行うとともに、霊長類の特徴である、個体間の社会性因子による生体リズムの変動解析を行う。
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