研究課題
本研究は、これまで報告のなかった多成分・微量成分に対するポンププローブ高速時間分解X線吸収分光計測を世界に先駆けて実現し、新規光電極材料や熱記録素子などの励起状態局所構造の解析を行うものである。従来のポンププローブ高速時間分解X線吸収分光法では、放射光とレーザーの同期の問題からエネルギー分解能に乏しく時間分解能の高いX線検出器の利用が余儀なくされており、研究対象が高濃度金属錯体溶液などに限定されていたが、我が国の世界唯一のシングルバンチ放射光X線源PF-ARを活用することで、高エネルギー分解能を有する蛍光X線検出器が利用可能となり、迅速かつ容易に高速時間分解(約100 ps)微量成分X線吸収分光計測が実現でき、極めて広い科学技術分野への応用が期待できる分光法となる。平成27年度は、高繰り返しレーザーとエネルギー分解能を持つシリコンドリフト検出器(SDD)を使ったポンプ-プローブXAFS測定システムの立ち上げを行った。SDDとレーザーの同期にテクノエーピー社製のデジタルパルスプロセッサ(DSP)を用いて、レーザーに同期した信号のみのX線の検出に成功した。また、測定システムの立ち上げと並行して、①FeRhnの反強磁性-強磁性過程のEXAFS測定実験・解析と②XFELでのWO3の光励起過程のXAFS測定を行った。①では、相転移前の反強磁性相の構造揺らぎが増加して、前駆状態を形成していることを見出した。②ではWO3の光励起状態が構造変化を含む多段階過程を経て、基底状態に戻る様子を捉えることに成功した。①はPhys. Rev. Bに②はAngew. Chem. Int. Edにそれぞれ掲載された。
2: おおむね順調に進展している
平成27年度は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の放射光施設PF-ARを利用し、高繰り返し時間分解XAFSシステムの立ち上げと測定システムの検証実験を行った。分子科学研究所所有のピコ秒レーザーをPF-ARのビームラインNW14Aに持ち込み、レーザーの発振周波数を400 kHzにして測定を行った。エネルギー分解能をもつシリコンドリフト検出器(SDD)を検出器に用いて、酸化タングステン(VI)WO3のL3吸収端とL1吸収端XAFSの測定を行った。外部信号と同期して信号を取り込むことのできるデジタルパルスプロセッサ(DSP)を2台用い、SDDからの信号をDSPに分岐入力した。片方のDSPにはレーザーONと同期した外部信号を導入し、もう片方にはレーザーOFFと同期した信号を導入して、X線の検出を行った。その結果、レーザーON/OFFに同期した信号がそれぞれのDSPから得られ、励起状態のXAFSスペクトルを得ることができるようになった。
平成27年度の実験では、市販品のDSPを2台使用して実験を行ったため、X線のエネルギー分析をするDSP間に個体差が生じた。そこでDSPの製造会社テクノエーピーに依頼をして、1つのDSPでレーザーON/OFFの信号にそれぞれ同期できるように仕様変更をしてもらった。この改良により、DSPの個体差による検出効率の差が排除されて、同一な条件で励起状態と基底状態のスペクトルを測定できるようになるはずである。改良版DSPは昨年度末に納入されたので、本年度はその試験測定を行う。試験測定は、Feフェナントロリン錯体の光励起誘起低スピン→高スピン過程および酸化タングステン(VI)WO3の光励起過程について行うことを予定している。試験測定が順調進んだ場合には、タングステンドープ二酸化バナジウム(W/VO2)薄膜の相転移過程について測定を行う。VO2薄膜は試料温度を上げると一次金属絶縁体転移するが、Wをドープすることで、その転移温度が降下することが知られている。そのメカニズムについては明らかになっていないため、パルスレーザーを用い瞬時に試料を加熱し、試料中のWの局所構造を明らかにし、Wドープによる転移温度降下メカニズムの解明に繋げたい。転移の用いるW-VO2試料は100 nmの薄膜であり、Wのドープ量は1%と非常に少ないため、本研究で立ち上げる測定システムが有効であると考えられる。
プレスリリースを分子研公式HPに掲載したもの。
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Angewandte Chemie International Edition
巻: 55 ページ: 1364-1367
10.1002/anie.201509252
Physical Review B
巻: 92 ページ: 184408-1-7
10.1103/PhysRevB.92.184408
https://www.ims.ac.jp/news/2015/12/10_3344.html