研究課題
本研究は、これまで報告のなかった多成分・微量成分に対するポンプ-プローブ高速時間分解X線吸収分光計測を、世界位先駆けて実現し、新規光電極材料や熱記録素子などの励起状態局所構造の解析を行うものである。従来のポンプ-プローブ高速時間分解X線吸収分光法では、放射光とレーザーの同期の問題からエネルギー分解能に乏しく時間分解能の高いX線検出器の利用を余儀なくされており、研究対象が高濃度金属錯体などに限定されていたが、我が国の世界唯一のシングルバンチ放射光X線源PF-ARを活用することで、時間分解能に乏しく高エネルギー分解能を有する蛍光X線検出器が利用可能となり、迅速かつ用意に高速時間分解(約100ps)微量成分X線吸収分光計測が実現できる。極めて広い科学技術分野への応用が期待できる分光法となりえる。平成28年度は、高エネルギー分解能を有するシリコンドリフト検出器(SDD)からの信号計測に用いるデジタルパルスプロセッサを改良し、レーザーのON/OFFに同期した蛍光X線の検出を試みた。この改良により、多素子SDDからの同時信号入力が可能となり、S/N比の高い良好なスペクトルを取得できるようになった。本課題の当初目的は十分達成できたといえる。一方、上記の装置開発に並行して、光触媒BiVO4の光励起後の500fs, 100psの時間分解Bi-L3吸収端X線吸収測定を、それぞれX線自由電子レーザーSACLAとシングルバンチ放射光施設PF-ARにおいて行った。この試料は高濃度のためエネルギー分解能のないフォトダイオードや光電子増倍管の利用が可能であった。系統的な測定の結果、励起状態におけるBi周りの構造変化を捉えることに成功し、現在詳細解析を進めているところである。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度は、シリコンドリフト検出器(SDD)に使用するデジタルプロセッサ(DSP)の改良を行った。これまでは、レーザーON/OFFに同期した信号を取得するのにそれぞれ1つずつDSP基板を使用していたが、この改良により1つの基板でレーザーのON/OFFに同期した信号を得ることができるようになった。これまでよりもより多くの素子を有する多素子SDDを用いることが可能となり、短時間で質の高いスペクトルを取得できるようになった。当初予定通りではあるが、本課題の当初目的は既に十分達成できたといえる。しかしながら、平成28年度後半(2016年10月-2017年3月)は放射光施設PF-ARの運転が長期停止され、これ以上の実験を進展させることができなかった。X線自由電子レーザーSACLAを用いた実験は行えたので、本装置の応用ではないが、光触媒BiVO4の光励起後の500fsの時間分解Bi-L3吸収端X線吸収測定(高濃度のためエネルギー分解能のないフォトダイオードや光電子増倍管を利用)が行え、現在詳細解析を進めているところである。以上から、おおむね順調に進展している、と判断した。
本年度は最終年度であり、システムは平成28年度までに立ち上がったので、これを用いて応用的研究を推進する。金属・絶縁体転移を示すWドープVO2の光誘起相転移の追跡、Pt/TiO2光触媒の光励起後のPtナノ粒子の構造追跡、光触媒BiVO4の励起状態の観測などを行う予定である。光触媒BiVO4は上述の通り平成28年度に研究を開始しており、これまでに、Bi周りの変化について、シンクロトロン放射光によるサブナノ~ナノ秒オーダーの時間領域の変化と、X線自由電子レーザーを用いたサブピコ~ピコ秒オーダーの変化を捉えることに成功している(正孔ポーラロン状態の構造解析)。一方で、伝導帯を形成しているV(電子ポーラロン)の励起電子状態や構造についてはまだ検討していない。V K吸収端の蛍光X線は吸収されやすいため有効なフィルタが存在しないので、本システムを用いたエネルギー分解能をもつSDD検出器が有効となる。DSPの改良により、PF-ARだけでなくSPring-8においても本システムを用いたポンプ-プローブXAFS実験を行える可能性が出てきた。PF-ARは本年度も運転時間に限りがあるため、秋以降にSPring-8での実験も含めて検討している。
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日本結晶学会誌
巻: 59 ページ: 24-28
http://doi.org/10.5940/jcrsj.59.24
http://msmd.ims.ac.jp/yokoyama_g/
https://www.ims.ac.jp/news/2015/12/10_3344.html
https://www.ims.ac.jp/news/2017/01/19_3609.html