研究課題/領域番号 |
15H02272
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
大村 達夫 東北大学, 未来科学技術共同研究センター, 教授 (30111248)
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研究分担者 |
李 玉友 東北大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (30201106)
佐野 大輔 北海道大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (80550368)
渡辺 幸三 愛媛大学, 理工学研究科, 准教授 (80634435)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 胃腸炎ウイルス / ノロウイルス / ロタウイルス / 消毒剤耐性 / 遊離塩素 |
研究実績の概要 |
ヒトノロウイルスの代替としてマウスノロウイルス、ヒトロタウイルスとしてサルロタウイルスを用い、遊離塩素への繰返し曝露がもたらすウイルス集団の遺伝的応答に関する研究を行った。マウスノロウイルスを用いた場合、初期遊離塩素濃度50ppm、接触時間2分の処理を行ったあとに組織細胞で増殖させる操作を10回繰り返した結果、遊離塩素処理を行わずに希釈・増殖を繰り返した集団と比べ、遊離塩素に対する抵抗性が有意に高いウイルス集団が得られた。初期遊離塩素濃度50ppmと25ppmにおける繰返し曝露実験をそれぞれ2回行ったが、全ての試行で遊離塩素耐性ウイルス集団が得られた。 続いて、遊離塩素曝露・増殖を10回繰り返すことで得られた遊離塩素耐性ウイルス集団に関し、外殻タンパク質遺伝子を14個の領域に分けて逆転写PCRにより遺伝子増副産物を作成し、次世代シーケンスによる遺伝子配列解析を行った。コントロールとして、希釈・遊離塩素処理を行わずに希釈・増殖を10回繰り返したウイルス集団を用いた。その結果、遊離塩素耐性ウイルス集団において、マイナーなウイルス外殻タンパク質であるVP2のC末端領域にアミノ酸変異が認められた。このアミノ酸変異が遊離塩素耐性をもたらしている可能性がある。 サルロタウイルスに関しては、組織細胞による増殖操作がマウスノロウイルスよりも時間がかかることもあり、まだ遊離塩素曝露について十分な繰返し回数が得られていない。しかしながら、マウスノロウイルスと同様、遊離塩素への繰返し曝露によりウイルス集団の遊離塩素耐性が増加する傾向は見られている。引き続き繰返し曝露実験を進め、遊離塩素耐性の増加が統計的に有意であるか否か、および現象の再現性について確認する必要がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の仮説は、「胃腸炎ウイルスの生存戦略が、変異速度に代表されるウイルス学的性質と、そこから派生するウイルス粒子自体の物理化学的性質の環境適応による進化に依存している」というものである。この仮説は、「生活環の中で環境ストレスに曝されることにより、環境ストレス耐性を有する変異個体が出現する確率が高まる」と言い換えられる。ここで水処理プロセスにおける消毒処理を胃腸炎ウイルスに対する環境ストレスの1つと考えると、本研究の仮説が正しければ、ウイルスが消毒処理を繰り返し受けることにより、耐性を保持する方向に極めて早い速度で集団全体が適応進化すると考えられる。この仮説を証明する上で、ヒトノロウイルスの代替として用いているマウスノロウイルスについて、遊離塩素への繰返し曝露によって遊離塩素耐性ウイルス集団が得られたことは、研究初年度としては大きな成果である。 さらに、次世代シーケンス手法による遺伝子配列解析を行う際に、メジャーな外殻タンパク質であるVP1(VP1が180個集まってウイルス1粒子を形成する)だけでなく、マイナーな外殻タンパク質であるVP2(ウイルス1粒子当たり数個程度しか存在していないと考えられている)まで対象領域を広げることにより、VP2に生じていたアミノ酸変異を検出することに成功した。VP2の機能は現段階で明らかとされていないが、ウイルス粒子の内側に位置してゲノムRNAと相互作用すると同時に、VP1同士を繋ぎとめる役割をしているとも考えられている。したがって、VP2におけるアミノ酸変異がウイルス粒子の安定性に影響を与えることは十分に考えられる。ノロウイルス粒子の物理化学的安定性とVP2のアミノ酸配列の関わりに関する成果はこれまでに報告されておらず、次年度以降にさらに検証を重ねることで、世界初の成果として報告することが可能となると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
研究初年度において、マウスノロウイルスの遊離塩素耐性集団が得られ、さらに次世代シーケンスによりVP2のアミノ酸変異が遊離塩素耐性をもたらしていることを示唆する結果を得た。この後の研究においては、遊離塩素耐性をもたらした遺伝的要因を特定することが重要となる。具体的には、マウスノロウイルスの遊離塩素耐性集団からプラック法により複数の株を単離し、VP2の該当位置にアミノ酸変異が生じているか否かを確認する。同時に、遊離塩素への繰返し曝露を経ずに、希釈・増殖のみを繰り返した遊離塩素非耐性ウイルス集団からもプラック法により複数の株を単離し、アミノ酸変異の状況を確認する。変異前および変異後の株を複数得た後に、それらの株の遊離塩素感受性を比較することで、当該アミノ酸変異が遊離塩素耐性をもたらすものか否かを検証する。また、以上の解析と同時並行で、研究初年度に次世代シーケンスで解析したもの以外のウイルス集団に関してもVP1およびVP2遺伝子領域を対象とした次世代シーケンスによる遺伝子配列解析を行い、上述のアミノ酸変異以外に遊離塩素耐性をもたらす変異の存在を検索する。 サルロタウイルスに関しては、引き続き遊離塩素への繰返し曝露実験を行い、遊離塩素耐性集団の取得を目指す。さらに、外殻タンパク質遺伝子であるVP4、VP6およびVP7に関し、次世代シーケンス解析を行うためのプライマー設計を行う。
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