研究実績の概要 |
脳は、様々な感覚信号を統合・分離することによって、外界で生じたイベントを把握している。このような複数の感覚信号間の統合や分離は、過去の経験に応じて、柔軟に調整されていることが知られてきた。例えば、視覚刺激と聴覚刺激の時間順序を判断する際に、より多く提示された順番を無視する方向に順応が生じることが知られてきた(ラグアダプテーション; Fujisaki et al., 2004)。一方、両手に与えられた2発の触覚刺激の順番を判断する場合には、逆向きの知覚変化が生じることが知られており、ベイズ較正と呼ばれている(Miyazaki et al., 2006)。現象論的には、前者は統合に、後者は分離に対応していると考えられる。本年度は、ベイズ較正に着目し、その脳内アルゴリズムについて検討した。ベイズ推定のアルゴリズムとして、事後確率を最大にする推定(MAP推定)と事後確率の平均を最大にする推定(Posterior mean法)が代表例として挙げられるが、脳が、時間順序判断において、どちらに近いアルゴリズムを用いているかは未知であった。提示する刺激時間差の分布(すなわち事前確率)をガウス分布にした場合には、理論上、どちらのアルゴリズムでもベイズ較正が生じることは予想される。しかし、矩形分布にした場合、前者ではベイズ較正が生じず、後者でのみ生じることが、予想される。2種類のアルゴリズムを比較検討するため、2刺激の時間差がバイアスのある(平均が0でない)ガウス分布または矩形分布で提示した条件で、両手に与えた触覚刺激の時間順序を判断するという心理物理実験を行った。その結果、従来知られていたガウス分布の場合のみならず、矩形分布にした場合にも、ベイズ較正が生じることが発見された。この結果は、脳内で事後確率の平均を最大にするタイプのベイズ推定が行われている可能性を示唆するものであった。
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