研究課題
本研究は、放射線によって生じる種々のDNA損傷の中で最も重篤と考えられるDNA二重鎖切断(DSB)のセンサー分子、DNA依存性プロテインキナーゼ(DNA-PK)の機能を明らかにすることを目的としている。これまでの当グループや国内外の他グループの研究による知見を総合し、DNA-PKによるリン酸化はDSBの形状や修復の難しさに応じて必要な因子の動員を制御するために重要な役割を担うという仮説のもと、実験計画を立て、検討を進めた。(1)リン酸化部位の同定およびリン酸化のDSB応答性の解析:前年度に作製したXRCC4のリン酸化状態特異的抗体を用いた検討を行い、試験管内においてDNA-PKがこの部位をリン酸化すること、ならびにこの抗体がリン酸化状態特異的に反応することが確認できた。(2)DSB修復におけるリン酸化の意義の解析:前年度に報告されたXRCC4変異患者の症例に基づいて作製した変異体をXRCC4欠損細胞M10に導入し、放射線感受性などを検討した。その結果、機能をほぼ完全に欠失するもの、正常XRCC4とほぼ同等の機能を示すものが見られ、XRCC4の構造機能相関についての情報が得られた。また、DSB機能解析を行う実験系として、細胞抽出液中でのプラスミドDNA結合反応系(無細胞系)、プラスミド基質とRAG1/2の導入によるV(D)J組換え系の確立を試みた。このうち、後者について、実験系を確立することができた。以上に加えて、DNA-PKのKu70サブユニットを欠損する細胞が低線量率放射線に対して著しい感受性を示すことを見出した。このことから、低線量率放射線下での細胞の生存、増殖におけるDNA-PKの重要な役割が示唆された。さらに、国内外の構造生物学研究者と意見交換を行い、構造生物学的な検討を開始した。
2: おおむね順調に進展している
これまでと合わせるとXRCC4の7カ所のリン酸化部位について抗体を作製できたこととなる。この中には、放射線照射後のリン酸化の亢進が容易に確認できる部位もあるが、本年度解析した部位は試験管内ではリン酸化が確認できているものの、細胞内においては検出ができておらず、感度の向上が求められる。また、DNA-PKcs依存的なリン酸化が認められるものの、放射線照射による変化が見られないリン酸化部位もあり、放射線応答性に違いが存在する。おそらく、細胞の置かれた状況や損傷の形状、修復の難しさなどによる使い分けがなされているのではないかと推測しているが、この可能性を探るために、さまざまな細胞を用いて、さまざまな条件での実験が必要である。また、平成27年度にI-SceIを用いたDSB修復実験系の確立を目指したが、相同組換え実験系は確立できたものの、DNA-PKcs、XRCC4などの機能を反映するNHEJ実験系が確立できなかった。本年度は、無細胞系、V(D)J組換え系の確立を試み、後者を確立することができた。このことで、NHEJにおけるDNA-PK、XRCC4の機能評価ができることとなった。一方で、より幅広い形状のDSBの修復を解析するためには、無細胞系の確立が必要である。このように、成功した部分と成功に至らなかった部分があるが、いずれも私たちにとっては新しい試みであり、本年度の試行錯誤の結果を生かすことで、平成29年度における進展が期待できる。また、遺伝病との関連、構造生物学など、申請段階では計画されていなかった新たなアプローチも加わり、着実に進展し、新しい知見が得られつつある。以上のことから、総合的に概ね計画通りの進捗状況と考えている。
平成29年度は、XRCC4を中心にDSB修復におけるリン酸化の意義をできるだけ明らかにしたい。そのためには、リン酸化がDSB周辺で起こることの検証、DSB修復実験系におけるリン酸化部位変異体の機能解析が重要課題と考えている。いずれも、関連研究分野で一般的に用いられている手法が適用できず、高度な手法の適用や新たな手法の開発が必要である。前者については、通常の蛍光免疫染色法によってフォーカス形成や他のDSBマーカー(γ-H2AXなど)との共局在を検出することができないため、PLA、ChIP、レーザーマイクロビーム照射による検討を計画している。後者については、本年度確立したV(D)J組換え系による解析を進めるとともに、無細胞系の開発についても引き続き取り組んでいきたい。また、最終年度にあたるので、国際・国内学会発表に加え、論文投稿を重点的に行っていきたい。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 4件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 3件) 備考 (1件)
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