脳に常在する濃度付近の低濃度有機スズが、核呼吸因子-1 (NRF-1) という転写因子を低下させることにより、グルタミン酸受容体サブユニットGluR2発現を減少させ、神経細胞を脆弱化することを明らかにした。NRF-1はミトコンドリア呼吸鎖タンパク質のうち一部の発現に関与する転写因子として発見され、神経変性疾患における低下が報告されているものの、NRF-1の機能は殆ど解明されておらず、化学物質の毒性ターゲットとしての報告は皆無である。 最終年度は、NRF-1ノックダウン細胞を用いて発現変動する遺伝子を網羅的に調べたところ、特徴的な遺伝子の発現上昇あるいは低下が認められた。このうちもっとも発現が低下した遺伝子はユビキチン結合酵素D1 (UBE2D1) であった。そこで、クロマチン免疫沈降、レポーターアッセイなどにより、UBE2D1がNRF-1下流遺伝子であることを明らかにした。最後に、トリブチルスズ (TBT) によるUBE2D1発現に対する影響を調べたところ、UBE2D1はTBTにより低下傾向が認められた。以上の結果より、UBE2D1発現低下は、有機スズによるNRF-1低下を介した神経毒性に関与している可能性が考えられる。
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