「たぶん~だろう」という蓋然的推論という視点だけでは分析しきれなかった事例をいかに分析するのかという課題が残されていた。そこで本研究では、「経験的直観」という概念を用いて、新たな数学的コミュニケーション能力の測定方法を開発した。 本研究では、これまでの研究では分析できなかった情意過程の分析に対して、経験的直観という概念を用いることにより、認知過程と情意過程の双方を考慮に入れながら事例分析が出来るようになった。なぜならば、経験的直観を起動させる根底には、数学は美しいものであるという審美的信念が働くからである。問題文を介したコミュニケーションを考えるとき、私たちは、「送り手は、その問題が美しく解けるように、数値や条件を工夫している」ことを想定している。数学の問題を作成するということは、その問題が良問、すなわち、美しい景色が提供できることを目指して、様々な工夫が施されていることであると、私たちは数学学習の経験を通して身につけてきた。送り手は、受け手が無事問題を解決することができるように、問題解決過程の道すがら、自らの思考の善し悪しを、そこで見る数学的風景に託すことになる。「どうも様子がおかしい」という経験的直観に基づく判断は、数学の問題解決過程においても必要な感覚なのである。 提示された図、記号、言葉などのメッセージは、数学の問題として問われることにより数学化される。そして、物理的刺激物に過ぎないメッセージは、読み手によって、そこに数学的構造を見いだされる物理的刺激物として現前する。最初に提示されたメッセージは、そのメッセージの意味としての数学的構造を直接伝えているわけではない。メッセージの意味は、受け手の経験的直観によって数学の構造をその中に現れ始めるのである。令和元年度の研究により、「見えないものを見る力」としての数学的コミュニケーション能力が測定されるようになった。
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