研究課題/領域番号 |
15H03066
|
研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
田中 彰吾 東海大学, 総合教育センター, 教授 (40408018)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 身体性 / 人間科学 / 間主観性 / 間身体性 / 現象学 / 国際研究者交流(アメリカ) / 国際研究者交流(デンマーク) / 国際研究者交流(イタリア) |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、新たに「Embodied Human Science(身体性人間科学)」の理論モデルを構想し、応用研究へと展開することにある。2015年度は、身体性人間科学の出発点となる「身体化された間主観性」について理論的に総括するとともに、それを応用した実験研究について成果をまとめた。具体的な成果は以下の通りである。 (1)哲学者メルロ=ポンティの「間身体性」を社会的認知の基礎理論として定式化した。間身体性は、もらい泣きやつられ笑いのように、自己の身体と他者の身体が、知覚と行為の連鎖を通じて潜在的にひとつの系を成している状態を指す。代表者はこれを心理学的な観点から理解し直し、非言語的な「相互行為の同期」「行動の同調」という二つのパターンとして整理し、理論モデルとして提示した。成果はTheory & Psychology誌に論文として掲載された。 (2)上記モデルを検証する実験データの分析を行った。実験は、二人一組でテーブルを挟んで座り、白紙上にクレヨンで協働しつつ描画を行うものである。収集した18件のデータを、先に(1)で示した「同期」および「同調」の二つの観点から分析した。その結果、実験参加者の主観的コミュニケーション成立度(コミュニケーションが取れたと感じられる度合い)が高いほど、それに相関して同調の頻度も高いことが明らかとなった。以上の知見は感性工学会その他で発表した。 (3) 本研究はもともと国際的な連携のもとでの研究活動を意図したものであり、2015年度は国内で1件、国外で1件の国際会議を開催した。国内では、哲学者S・ギャラガー氏(メンフィス大学)の来日を受け、「京都カンファレンス2015:拡張した心を超えて」と題する国際会議を企画・開催した。国外では、東海大学文明研究所と共同で「Civilization Dialogue between Europe and Japan」と題する国際会議を企画し、デンマークで開催した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、新たに「Embodied Human Science(身体性人間科学)」の理論モデルを構想し、応用研究へと展開することにある。2015年度は5年計画の1年目であり、次の3点を目標として設定した。(1)これまでの理論研究の成果を論文化し、次年度以降の研究の基盤とする。(2)実施中の実験データを分析し、理論モデルの妥当性を検証する。(3)海外の研究者と連携して、本研究の成果を国際的に発信する。 (1)については、成果をまとめた論文が国際誌Theory & Psychologyに掲載された。同論文は、間身体性の概念に基づいて従来の社会的認知のモデルを批判し、非言語行動の同期と同調の観点から新たな理論モデルを提示したものである。また、12月には、人体科学会が企画した論文集『身体の知』に、本研究の一部を成す拙論「心身問題と他者問題」が収録された。さらに、身体性の観点から日本文化における自己を再考した論文も年度末に出版され、当初の予定を上回る成果を挙げることができた。 (2)については、前年度から継続してさらに実験データの収集を続け、全18件のデータを分析した。実験は、コミュニケーションの記号的側面と非言語的側面を扱うものだったが、本研究は、コミュニケーション成立度についての当事者の主観的印象が、前者より後者によって強く影響されることを明らかにした。この点において、(1)で提示した理論モデルに一定のエビデンスを得た。 (3)については、一年間で2回の国際会議を企画した。いずれも主催者の一人として運営に従事するだけでなく、自ら論文を執筆し、研究発表を実施した。一件は身体性の観点から他者理解と社会的認知の新たな方法を論じたものであり、もう一件は、同じく身体性の観点から日本文化における自己を再考したものである。いずれも、本研究の成果を国際的な文脈で発信する貴重な機会となった。 以上の理由により、「当初の計画以上に進展している」と自己評価した。
|
今後の研究の推進方策 |
これまできわめて順調に研究が進捗しており、期間全体(2019年度まで)の長期計画に変更はない。2016年度は、特に下記の点に注力して研究を進めたい。 (1)本研究の出発点となる身体的間主観性のモデルについて、昨年度の研究で新たな理論的成果を得た。それは、非言語行動の同期と同調を通じて、自己と他者のあいだにおいて自律的な二者システムが創発することである。今年度はこの点について、現象学者の木村敏が提起した「あいだ」の議論に沿って、現象学的に解明することを試みる。システムとしての「あいだ」が成立すると、自己と他者の行動を制約する規範が出現し、自他間の相互理解もこの規範からの偏差として成立することを理論的に示す予定である。 (2)上記モデルに関連する実験データの分析を継続する。昨年度は、描画を行う二者が示す非言語行動の同期と同調に着目してデータを分析することで成果を得た(主観的コミュニケーションの成立度と、非言語行動の同調には正の相関がある)。今年度は、時系列に沿ったデータ分析を進め、上記(1)で述べた二者システムの創発について検討する。具体的には、同期と同調が生起する時間的な分布から、システムの創発について理解することを目指す。 (3)7月末に横浜で国際心理学会議(ICP 2016)が開催される。代表者はそこで二件のシンポジウムに登壇する予定である。一件は「自己を求めて:身体性と相互行為」と題し、本研究課題に関連して自ら企画したものである。もう一件は「自己・心・身体の統合的研究:西洋と東洋の二分法を超えて」と題するもので、話題提供者として参加する。いずれも、海外の研究者と連携する企画であり、ICPの前後には心理学以外の研究者も加えてワークショップを別途開催する予定である。この機に国際的な連携を強化するだけでなく、文化の観点を身体性や間主観性の研究に持ち込み、これまでの研究成果を新たに整理し直したい。
|