研究課題/領域番号 |
15H03066
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
田中 彰吾 東海大学, 現代教養センター, 教授 (40408018)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 身体性 / 人間科学 / 現象学 / 身体化された自己 / 間身体性 / 間主観性 / 国際研究者交流(ドイツ) / 国際研究者交流(デンマーク) |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、新たに「Embodied Human Science(身体性人間科学)」の理論モデルを構想し、応用研究へと展開することにある。2016年度の主な成果は以下の通りである。 (1)本研究の成果となる単著を執筆した。『生きられた〈私〉をもとめて-身体・意識・他者』と題し、2017年5月の刊行を予定している。この著作は、本研究で推進する身体性人間科学の枠組みのもとで、自己アイデンティティの問題を論じたものである。従来この問題は、青年期の発達という観点、または社会的な準拠集団という観点から論じられる場合が大半であった。本書は、こうした観点を保留にして「自己を自己たらしめる究極の根拠」としてアイデンティティを問い直し、これに「身体・意識・他者」という三つの観点から答えることで議論を展開している。全編の議論が本研究と関連するが、とくに「身体」および「他者」の観点から考察した箇所は、本研究の核となる理論モデル(「身体化された自己」および「身体化された間主観性」)に対応する。本文中では、ラバーハンド錯覚、鏡像認知、心の理論、ミラーニューロン・システムなど、数多くの具体的トピックに言及しながら理論的考察を展開した。なお、身体化された間主観性については、理論モデルを展開した英文の論文が先日『Theory & Psychology』誌に掲載された。 (2)本研究は国際的な連携のもとでの研究活動を意図したものであり、2016年度は海外から研究者を招へいしてシンポジウム1件、ワークショップ2件を企画・開催した。シンポジウムは第31回国際心理学会議の企画として、ワークショップは代表者が主催するエンボディード・アプローチ研究会の企画として開催したものである。また、国外では、オールボー大学文化心理学研究センターと共同で国際会議1件を企画し、デンマークで開催した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、新たに「Embodied Human Science(身体性人間科学)」の理論モデルを構想し、応用研究へと展開することにある。2016年度は5年計画の2年目であり、当初は次の3点を目標として設定していた。(1)身体性に基礎を置く間主観性のモデルを、現象学者の木村敏が提起した「あいだ」の議論に沿ってさらに展開する。(2)このモデルに関連して実施している実験(二者間での非言語描画実験)について、データの分析をさらに進める。(3)国際心理学会議(ICP 2016)を始めとして、各国の研究者と連携しつつ成果を国際的に発信する。 それぞれ、(1)については、成果をまとめた論文が国際誌『Theory & Psychology』に2017年4月に掲載された。この論文は、社会的認知における相互行為説(interaction theory)を木村の提唱する「あいだ」概念に沿って発展させたものである。(2)については、研究成果は論文になっていないが、前項で報告した単著に成果を取り込み、議論を発展させた。(3)については、前項で報告したシンポジウムおよびワークショップがいずれも盛況だっただけでなく、他国(チェコ、デンマーク)の研究者に依頼されて講演する機会も複数あり、国際的な連携は順調に発展している。 こうした個別の成果に加えて、単著を執筆できたことは当初の予想を上回る成果であった。これは主に、2016年8月末より、本研究計画に加えて国際共同研究加速基金の助成を受けて、在外研究先で十分な研究時間を確保できたことで可能になったものである。本計画で予定していた身体性人間科学)にとって重要な理論的枠組み(自己意識および他者理解の身体性)は、単著を通じてかなり明確になったと考えている。 以上の理由から、「当初の計画以上に進展している」と自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
本助成のもとで研究を開始して2年間が経過した。これまでのところ、きわめて順調に研究は進捗しており、最終年度までの長期計画に変更を加える必要はない。2017年度は、以下の3点を中心に研究を進める。 (1)現在、本研究の枠組みのもとで国際共同研究加速基金の助成を受けており、在外研究先のハイデルベルク大学で「身体化された自己」の異常について研究を進めている。具体的には、離人感・現実感消失障害における自己感を題材としている。この障害では、自己が身体から切り離されている、身体から離れて浮遊しているとの主観的経験がしばしば生じ、身体化された自己が危機的状態に陥る。そ一方で、この種の身体離脱感は、実験で引き起こされるフルボディ錯覚と類似しているとも指摘されている。そこで、両者を比較して類似性と差異を明らかにしながら、離人症で生じている自己と身体の分離の構造を現象学的に解明する。 (2)単著の出版を機に、身体性に関心を持つ多分野の研究者との交流が生じると予想している。具体的な展開は出版前の現段階では予想がつかないが、いずれにせよ、本研究が目標とする「身体性人間科学」をさらに推進するきっかけとしたい。 (3)今年は8月末に国際理論心理学会(ISTP 2017)が東京で開催され、代表者もオーガナイザーの一人として運営に加わるだけでなく、複数のシンポジウムに登壇する予定である。具体的なテーマは多様だが、基本的には、現象学・心理学・身体論の接点において、自己および間主観性の問題を扱うものである。これまで、国際会議ではヨーロッパや北米の研究者と連携する機会が多かったが、ISTPではアジアや南米の研究者とも議論を共有する予定である。国際的な連携を強化するだけでなく、文化的コンテクストの問題をどのように本研究の枠組みと連動させるか、検討する機会にしたい。
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