研究課題/領域番号 |
15H03166
|
研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
佐藤 直樹 東京藝術大学, 美術学部, 准教授 (60260006)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | ディレッタント / アマチュア / ゲーテ / フェリックス・メンデルスゾーン / ラスキン / 素描 / ドイツ / 演奏会 |
研究実績の概要 |
主要文献のひとつである『芸術家としてのアマチュア』(A.ローゼンバウム、2010年)に拠りながら、初年度はゲーテとシラーによって誕生したドイツの新たな「ディレッタントの概念」を確認した。両者は手書き草稿「ディレッタントに関する見取り図」(1799年)で、各分野におけるディレッタントの在り方を国別に分析し、これまでの否定的なディレッタント観を詳細に指摘しており、その上で、未来に向けて肯定的に置き換えていくための方法を具体的に提示しようと試みている。この見取り図が『ディレッタンティズムについて』の出版につながっていることから、新しいディレッタント像はこの時点で準備されたと考えていいだろう。「ディレッタントとは芸術愛好家のことだが、作品を鑑賞し楽しむだけではなく、作品制作を実行する人のこと」と論文で明確に定義されたことで、本書以降、欧州におけるディレッタントは能動的なイメージに大きく舵を切ることとなったのである。それは、ディレッタントを単なる「芸術受容者」(否定的)から「芸術のための芸術家」(肯定的)へと転換した歴史的出来事であり、換言すれば「職業的な成果を求めるのではなく、ただ芸術活動の瞬間において芸術家であろうと望む人」という近代的な芸術家像の誕生に他ならない。このようにゲーテとシラーによって作られた新たなディレッタント像を転換点とし、その前後でのディレッタントを各分担者が調査研究しつつ、ディレッタント変遷史における位置づけを行うことが本年度の課題であった。また、ゲーテとシラーの活躍したヴァイマル公国でどのようにして彼らが「新たな」ディレッタント像を作り出すことに至ったか、その文化環境をアンナ=マリア妃の主催するムーゼンホーフの活動にあることも見えてきた。そこにはイギリス人のディレッタント、チャールズ・ゴアがいたからであり、ゲーテとの関係も確認できた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
年度末に開催した研究会では各人の成果が報告された。まず、京都大学の岡田温司氏の講演「装置としてのまなざし」で、ディレッタントが専門家の誕生に関与し「まなざし」を変革する大きな役割を担っていたことを確認した。 連携研究者の仲間氏は、W.ケンプの名著『芸術愛好家の素描研究』に取り組み、18世紀後半のドイツの生活様式がイギリスの影響で変化したことに注目し、医師で画家のカールスの社会心理学がこの時代の体験を総合したものであることを報告してくれた。大角氏は音楽史におけるディレッタントが19世紀半ばまで公開演奏会の主な担い手であったことを挙げ、中世からバロック期におけるディレッタントによる演奏の重要性な役割を指摘してくれた。小松氏は、いち早く文化面で主導的となったイギリスのディレッタント史を整理し、ラスキンの教育論におけるディレッタントの役割についての考察を開始した。星野氏は、F・メンデルスゾーン=バルトルディの音楽と素描作品の関係を調査した。ナザレ派との交友関係という事実から、メンデルスゾーンが美術界と関わりながら音楽を制作している過程を明らかにしつつ、彼の風景素描が音楽における「写実性」に関わっている可能性を見い出した。尾関氏は、ベルリン美術アカデミーへ展覧会におけるディレッタント部門を調査し、ディレッタントの立場がベルリンにおいては例外的に確立していたことを明らかにした。眞岩氏は、ゲーテとシラーによる『ディレッタンティズムについて』を文学研究者の視点から詳細に分析し、ゲーテの素描実践が新たなディレッタント像に関わるのか検証を始めた。佐藤は、ヴァイマルにおける「新しい」ディレッタントの誕生にイギリス人チャールズ・ゴアが関わっていた可能性を指摘し、ヴァイマルのムーゼンホフの役割という新たな課題を見いだした。
|
今後の研究の推進方策 |
28年度は、9月に科研メンバー全員でベルリン、ドレスデン、ヴァイマルの調査旅行を実施し、現地の作品調査および研究者との交流を通して、最終年度に予定する国際シンポジウムに向けての課題を見つける予定である。まず、ベルリンでは国立図書館所蔵のメンデルスゾーン素描の調査、シャルロッテンブルク宮殿およびサンスーシ宮殿での音楽活動を合同で調査する。ドレスデンでは、版画素描館でカールスの素描調査を主体に、学芸員と意見交換を行い、ディレッタント研究の最近の動向を学ぶ。佐藤の課題であるルネサンス期における王侯の芸術活動についても、ドレスデンでザクセン選帝候の素描を調査し、王侯貴族がなぜ素描の実践を行っていたのか考察する。ヴァイマルではディレッタント交流の場であったムーゼンホーフについて、主催者のアンナ・アマリア妃の活動に関する調査を実施する。また、イギリスのディレッタント、チャールズ・ゴアがゲーテに新しいディレッタント像の「モデル」となった可能性についても研究を開始する。あわせて、各都市における富裕層の美術・音楽教育の在り方、宮廷でのディレッタント活動が貴族を経てブルジョワ層に伝播した経緯も検証する予定である。 本研究の目的は、19世紀からダイナミックに動き出すヨーロッパの芸術界で、ディレッタントが果たした役割を突き止めることである。これまで、ディレッタントの活動は素人の余技として過小評価され、長く研究対象にされてこなかった訳だが、本研究を通してディレッタントの活動が決して周縁的なものではなく、実質的には職業芸術家たちを支え、時にはアートシーンを支配してきたという事実も掘り起こされるであろう。最終的には、ディレッタントが近代芸術そのものを形成したこと、つまりは近代芸術の出自そのものであり、言い換えればアヴァンギャルドな近代芸術の出発点であったことを明らかにしたい。
|