中国における急速な経済成長と所得格差の拡大は、「中所得の罠」の重要な事例として注目を集めている。本研究は、研究代表者が参加する国際共同研究プロジェクト-China Household Income Project (CHIP)-が1980年代末以降行ってきた世帯調査のデータにもとづいて、中国の所得格差の長期変動を総合的に考察することを目的とする。 平成30年度には、第1に、2007年と2013年のCHIPデータの比較から、近年の特徴的事実を整理した。その主要な事実発見は、ジニ係数で測った中国全体の所得不平等度に一定の低下傾向が認められること、また都市-農村間格差、沿海-内陸間格差などについても格差緩和傾向が見られること、他方で世帯間の資産格差は急速に拡大していることなどである。 第2に、中国経済に特徴的な二重の構造変動(経済発展と経済体制移行)を理解するカギとなる農村地域に焦点を当てて、農村世帯所得の構造変化および公共政策(農村開発政策、税制改革、医療制度改革、社会保障改革など)の所得再分配効果を検証した。世帯所得の構成要素のうち、農業所得については、総所得に占める比重の低下と所得格差全体への影響度の低下が顕著であること、賃金(「出稼ぎ」所得含む)については、総所得に占める比重の上昇と賃金所得自体の格差縮小が合成された効果として、所得格差全体への影響度は1990年代に急上昇した後に比較的安定していること、2000年代に入ってから総所得に占める資産所得および帰属家賃の比重が顕著に上昇したことなどが主な事実発見である。また公的な移転所得(租税公課等の支払いと社会保障等の受け取りを足した純移転額)の所得再分配効果は、1990年代において著しく逆進的であったが、2000年代以降には、個別の政策ごとに効果は異なるものの、全体として所得格差縮小に寄与する方向に転じたことを確認した。
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