研究課題/領域番号 |
15H03639
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
中澤 知洋 名古屋大学, 現象解析研究センター, 准教授 (50342621)
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研究分担者 |
赤堀 卓也 鹿児島大学, 理工学研究科, 特任准教授 (70455913)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | X線天文学 / 硬X線観測 / 銀河団 / 「ひとみ」衛星 |
研究実績の概要 |
近傍の初期衝突銀河団 CIZA J1358.9-4750の研究を進めつつ、次世代衛星の設計検討を進めた。この衝突銀河団は、z=0.07の近傍に位置し、1:1のほぼ正面衝突の系であって、かつ衝突が始まり衝撃波が立ち始めた直後の初期衝突の銀河団を、しかもほぼ真横から見ているという貴重な天体であり、日本のX線観測衛星「すざく」に加え、アメリカのChandra衛星、欧州のXMM-Newton衛星を用いた観測も実施して、その観測研究を進めてきた。平成28年度は、衝撃波の電子温度の上昇に着目した解析を進めた。超新星残骸との比較にも着手し、マッハ数が小さいほどイオンから電子への熱輸送が、クーロン散乱によるものよりも大幅に早くなる可能性が示された。 次に、「ひとみ」衛星に搭載された硬X線イメージャのさらなる性能向上を目指した研究を進めた。特に、銀河団などの広がった天体に対する感度に直結する検出器バックグラウンドについて、衛星喪失前に得られた13日分のデータを詳細に解析した。硬X線イメージャには4層のシリコン検出器と1層のテルル化カドミウム検出器を、数cm厚のBGO結晶シンチレータで手厚くシールドすることで、5-80 keVの広い帯域において、低い検出器バックグラウンドを実現する。打ち上げ直後の段階で、北アメリカ上空などの一定の軌道上でバンアレン帯由来の電子によるバックグラウンドの高い時間帯がある一方で、この一部時間帯を除けばバックググラウンドは要求を満たす低さであり、同様の硬X線イメージャを搭載するアメリカのNuSTAR衛星よりも数分の一と、世界トップレベルの高性能であることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
衝突銀河団で生じる衝撃波は、プラズマの持つ運動エネルギーを熱エネルギーや粒子加速に変換する。熱化に当たっては、質量の大きなイオンがまず加熱され、これが電子に伝播するプロセスを経る。近傍の初期衝突銀河団 CIZA J1358.9-4750の衝撃波はまだ形成直後であるため、ポストショック領域におけるイオンから電子へのクーロン散乱による熱輸送はまだ十分には起きていないはずであるが、実際には高い電子温度を示している。この謎を解決するために、銀河団だけでなく、超新星残骸の衝撃波も合わせて解析した。銀河団では、マッハ数は典型的に1-4であるが、マッハ数が数千に達する超新星残骸では、クーロン散乱による熱輸送で電子への熱輸送がよく説明されるケースを確認した。これにより、マッハ数が小さい系では、クーロン散乱でない、より効率の良い電子加熱のプロセスがあることが示唆される。 「ひとみ」衛星搭載の硬X線イメージャは、打ち上げ後1ヶ月ほどで立ち上げをはじめ、2016年3月26日の衛星喪失時までに13日間の軌道上データが存在する。検出器は軌道上でほぼ完璧に動作し、その性能は要求を満たした。その低くて安定したバックグラウンドにより、数倍高くて時間的にも不安定なバックグラウンドを持つNuSTARと比較して、特に大きく広がったX線放射に対し圧倒的な感度を実現できるポテンシャルがあったことが示された。以後の観測ができなかったことは、まさに痛恨である。解析により、世界最高レベルの低バックグラウンドが実現されていること、シリコンとテルル化カドミウムでそのバックグラウンドの様子が異なること、事前予測との比較から、前者が軌道上中性子、後者が放射化や宇宙背景ガンマ線バックグラウンドなどの散乱を主な起源とすることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究を進めるにあたり、まずは衝突銀河団の衝撃波中におけるエネルギー開放を、既存の衛星を用いてより精度よく観測してゆくことが求められる。「ひとみ」硬X線イメージャがあれば最適なエネルギー帯域で観測できたが、既存の衛星ではエネルギー帯域が限られるため、高温の成分や非熱的な成分を探るために、長い観測時間を獲得する必要がある。一方で、角度分解能の良さに着目し、銀河団ガス内部の動きに伴うX線イメージの特徴をよりしっかり抽出する、別のアプローチが重要である。 次に将来衛星については、X線天文衛星代替機の立ち上げと、一方で、硬X線観測の回復は数年先延ばしになったことを合わせ、「ひとみ」硬X線イメージャの実績に基づき、さらに圧倒的な感度を実現する工夫の探求が重要である。すでにアメリカの硬X線衛星NuSTARと比較して数分の一レベルの優れた低バックグラウンドを実現しており、改良によりさらに数分の一に下げることができれば、バックグラウンドだけで1桁の感度向上を実現できる目処が立つ。特に、バックグラウンドは長い観測時間でも回復できない系統誤差の要因となり、最後まで観測性能を劣化させる要素であるため、極限の性能実現にとって大きな価値がある。
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