研究課題
申請者は過去、2016年に打ち上げられたX線天文衛星「ひとみ」に搭載されたX線CCDカメラの信号処理用アナログデジタル混在ASICを開発した。地上試験で測定した通りの雑音性能およびエネルギー線形性能を軌道上で実証した。だがこのASICには機能面での課題もあった。CCDセンサは、多数個のピクセルを一つあるいは少数の電荷読出しノードまで転送し、ノードでの信号増幅からADCでのデジタル信号への変換まではシリアル信号処理を行う。明るい天体を観測するためには短時間で画像処理を行う必要があり、そのためにはASICの信号処理速度性能が重要である。「ひとみ」用ASICでは信号処理速度に制限があり、1ピクセル分のデータを処理するのに2ピクセル分の時間を要した。このため、2つのADCが交互に動作するという回路構造にせざるを得なかった。「ひとみ」の画像取得速度にはこれで対応できたが、2つのADCはお互いのゲインが異なるため、CCDで得た画像処理が煩雑になるという問題があった。そこで申請者は、「ひとみ」用ASICで実現した低雑音デルタシグマ型ADCを高次化させた新型ASICを開発した。回路を高次化させることで信号処理速度が向上し、1信号系統当たりのADCが1つになった。本研究では単体での評価試験システムを確立した、複数のASIC素子に対して疑似CCD信号を入力させ、ASIC出力信号に対して計算機内の復号化フィルタを通して波高値を得た。その結果、雑音性能は従来ASICと同程度であるものの、エネルギー線形性能は2倍向上したことを実測で示した。今後CCDと接続して性能評価を行い、並行して宇宙放射線に対する耐性を評価していく。
2: おおむね順調に進展している
本研究で性能評価を行った新型ASICは、従来の「ひとみ」用ASICの内部回路と比べ、心臓部分であるデルタシグマ型ADC回路部分を大幅に変更している。「ひとみ」用ASICでは二次の回路であったが、新型ASICは四次に高次化させた。この変更は、回路を複雑にさせるだけでなく、コンデンサの容量など回路パラメタを最適化を大変難しくさせた。最適値から外れると性能が非常に不安定になることがシミュレーションからも分かっていたため、実際に製作した素子が正しく動作しない可能性もあった。しかし製作前のシミュレーションを詳細に行ったこと、さらに本研究で、高精度で性能評価することが可能なシステムを準備したことが奏功し、従来ASICよりも高い性能を一回目の製作で迅速に実証することが出来た。過去に申請者は複数回ASIC製作実績があるが、初回は想定外の動作をしたり、そもそも正しい動作をしないというケースがあった。原因はパターンレイアウトやパッケージングなど複数あったが、これらの経験を踏まえて注意深く製造開発を行ったことによる結果であると言える。一方で、この新型ASICは「ひとみ」衛星用エレクトロニクスに組み込むところまでを想定していたが、そこまでには至らなかった。後段の復号化フィルタに変更が必要であり、そのためにFPGAロジックを変更することが必要である。これについては今後早急に進める予定である。
新型ASICが単体で動作するだけでは、将来の宇宙X線観測にはまだまだ課題が多い。CCDと接続し、駆動回路と一体のエレクトロニクスに組み込んだ状態で性能を発揮して初めて、衛星搭載機器として使用可能になる。また、本研究で想定する低高度地球周回軌道の衛星環境では、地上よりもはるかに高いレベルの放射線損傷を受ける。放射線耐性試験を行い、宇宙での長期間正常動作が保証させるべきであり、今後の課題である。またCCDセンサ側も新規開発要素があると考えている。具体的には、CCDの裏面にシンチレータを張り付けた新型CCDを用いて、広帯域のX線検出器を開発しようとしている。既にセンサ自体は製造済みであるが、軟X線から硬X線に至る広帯域の分光性能評価は途上である。CCDについても分光性能評価及び放射線耐性試験を行い、本研究で開発したASICと組み合わせることで、新しい衛星搭載機器を実現するのが今後の推進方策である。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件) 備考 (1件)
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http://wwwxray.ess.sci.osaka-u.ac.jp/OskXrayTlabHP/ASIC.html