研究実績の概要 |
格子QCD計算では, 近年の計算機能力の向上や新規アルゴリズムの開発・改良の結果, 自然界のu,d,sクォーク質量直上でのシミュレーションや, 更には軽原子核の束縛エネルギー計算までもが可能となりつつある. その一方で, 解決すべき長年の課題がそのまま残されていることも事実である. 最も重要な課題は, フェルミオン系を扱う際の負符号問題および複素作用を持つ系のシミュレーションである. これらは, 軽いクォークのダイナミクス, Strong CP問題, 有限密度QCDの研究において避けて通れない問題である. われわれは, 近年物性物理分野で提案されたテンソルネットワーク形式に基づく分配関数の数値計算手法を格子ゲージ理論へ応用し, モンテカルロ法に起因する負符号問題および複素作用問題を解決し, これまでの格子QCD計算が成し得なかった新たな物理研究の開拓を目指す. 研究期間内における最終目標はテンソル繰り込み群の4次元QCDへの応用である. 本目標に向けて設定された3つのサブ課題は, [1]非可換ゲージ理論への拡張, [2]高次元モデルへの応用, [3]物理量計算のための手法開発, である. 平成27年度は, 新規に研究員を雇用し, 連携研究者らと協力して, 3つのサブ課題への取り組みを開始した. 特に進展があった研究は, テンソル繰り込み群を用いた4次元イジングモデル(高次元モデルの例)の解析であり, 現在1024×1024×1024×1024格子サイズの相転移計算に成功しており, 相転移温度および臨界指数の精密決定を進めている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究を開始して一年という段階であるが, サブ課題[2]高次元モデルへの応用に関しては成果が出始めている. 現在, テンソル繰り込み群を用いた4次元イジングモデルの解析を行っているが, これまでのところ1024×1024×1024×1024格子サイズの相転移計算に成功している. テンソル繰り込み群であれば, この格子サイズの計算はクラスタ計算機の1ノードで可能であるが, モンテカルロ法の場合は, 現在の日本の最先端のスーパーコンピュータ「京」を用いても不可能である. テンソル繰り込み群とモンテカルロ法では相転移温度や臨界指数などの物理量を計算するための手法も異なるため, 現在はテンソル繰り込み群における物理量の高精度計算手法の開発に取り組んでいる. また, サブ課題[1]非可換ゲージ理論への拡張に関しては, われわれは今のところ2次元Schwingerモデルの計算に成功している. 即ち, フェルミオンが入った可換U(1)ゲージ理論の定式化および実証計算が完成している. 他方, 純粋なゲージ理論(フェルミオンを含まない)に関しては, カナダのグループによって平成26年9月に3次元Z2ゲージ理論のテンソルネットワーク形式による定式化が提唱され, 実証計算も行われている. しかしながら, 提案された定式化は4次元拡張や計算精度向上において難点を抱えており, テンソルネットワーク形式の枠内における異なった定式化の必要性が認識されている. この状況を鑑み, 平成28年度は, 3次元Z2ゲージ理論に対する新たな定式化に取り組む計画である.
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今後の研究の推進方策 |
3つのサブ課題における今後の研究推進計画は以下のとおり. [1]非可換ゲージ理論への拡張:先ずは, 3次元可換ゲージ理論のテンソルネットワーク形式に基づく定式化と実証計算に取り組む. その後, 3次元非可換ゲージ理論への拡張を目指す. [2]高次元モデルへの応用:現在4次元イジングモデルの解析と物理量計算のための手法開発に取り組んでおり, 成果が出始めている. 次のステップでは, イジングモデルで開発した計算手法を, より複雑なスピンモデルやゲージ理論へ応用していく計画である. [3]物理量計算のための手法開発:計算手法開発は, サブ課題[2]と並行して進めていくのが良いと考えている. 現在は, 4次元イジングモデルを用いて, 相転移における臨界指数の高精度計算手法の開発を行っている. 今後は, フェルミオンが入った物理システムにおけるフェルミオン同士の2点相関関数の計算にも取り組む予定である.
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