研究課題
本研究は、空間反転対称性の破れやトポロジカルな要因で生じる固体の電子バンドの自発スピン分極(spin-momentum locking)に注目し、その電子構造を運動量・エネルギー分解して直接観測することを目的とする。本年度は、主に強いスピン軌道相互作用を持つ超伝導体PdBi2および極性構造相転移を示す半金属MoTe2を対象とした研究を推進した。PdBi2はI4/mmmの空間群を持ち、臨界温度5.2 Kを示す超伝導体である。この物質を対象とし、角度分解光電子分光によりフェルミ面を構成するバンド構造を観測した。この結果、バンド計算とよく合うバルクのバンドとともに、スラブ計算でのみ再現される複数の表面状態を確認した。この表面状態を対象としてスピン分解実験を行ったところ、3次元トポロジカル絶縁体と同様のスピン偏極が確認され、この物質のフェルミ面近傍においてspin-momentum lockingを示す表面バンドが存在することが明らかとなった。さらに、バンドのパリティに基づくZ2トポロジカル不変量の解析により、その表面状態の起源がバルクのバンド反転に由来することを確認した。以上の結果は、本年度Nature Communications誌に掲載された。なお、1.5 Kにおける超伝導状態の測定にも着手し、実験を進めている。MoTe2は250 Kで非極性-極性構造相転移を示す半金属であり、2015年の理論予測によりトポロジカルワイル半金属であるとの提案がされている。レーザーを用いた高分解能角度分解光電子分光実験によりこの物質の電子構造の測定を行ったところ、数100ミクロン程度のサイズを持つドメイン構造の存在を発見した。レーザー光源を100ミクロン以下に絞り表面を走査した実験を行うことにより、それぞれのドメインのバンド構造を明らかにすることに成功した。
2: おおむね順調に進展している
PdBi2については、スピン偏極とバンド構造の実験的な解明に加え、第一原理計算と組み合わせることによりその起源まで明らかにすることに成功した。超伝導状態の測定については、極低温の必要性による困難を伴う実験であるが、すでに1.5 Kにおける超伝導ギャップの観測に成功している。今後は運動量空間全体にわたる超伝導ギャップ測定を進める。MoTe2については、計画当初は極性ドメインがサブミクロンサイズで混入すると予想し、通常の測定で分離は不可能であると想定していた。しかし実際には、実験を進めるにつれ、ドメインのサイズが数100ミクロン程度であることを示唆する結果を得た。これにより、レーザー光源を可能な限り小さくするなどの調整を行った。このため一部の計画に多少の遅れが出たが、結果的にはドメインを明瞭に分離した測定を行うことに成功し、当初の見込みを上回る成果を得ることができている。
超伝導体PdBi2 については、これまでの研究によりスピン偏極した表面バンドの存在とそれがフェルミ面を構成する様子が明らかになった。今後は1 K程度の極低温実験により、表面バンドとバルクバンドのそれぞれに着目した超伝導ギャップ測定を行う。運動量依存性とバンド依存性を明らかにし、特にスピン偏極した表面バンドにおける超伝導状態に関する知見を得る。極性ワイル半金属の候補物質であるMoTe2については、極性ドメインごとの分離測定に成功し、それぞれのドメインにおけるバンド構造が明らかとなった。今後はこれを第一原理計算やスラブ計算と比較しつつバンドのアサインを行うとともに、ワイル分散やトポロジカルな表面状態(フェルミアーク)の探索を行う。さらに、スピン分解実験により、極性構造にともなうバルクのスピン偏極や、フェルミアークをはじめとする表面状態の持つスピン偏極に関する知見を得ることを目指す。これらの物質に加え、VTe2のバンド構造においてトポロジカルに非自明な性質が現れる可能性が最近第一原理計算により指摘された。これをふまえ、今後VTe2を対象としたスピン角度分解光電子分光を行い、そのスピン・バンド構造や構造相転移との関連を探る。
すべて 2015
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 3件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 4件、 招待講演 3件)
Nature Communications
巻: 6 ページ: 8595-1-7
10.1038/ncomms9595
Phys. Rev. B
巻: 92 ページ: 205117-1-5
10.1103/PhysRevB.92.205117
巻: 92 ページ: 121106(R)-1-6
10.1103/PhysRevB.92.121106