研究課題/領域番号 |
15H03684
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
福山 寛 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (00181298)
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研究分担者 |
村川 智 東京大学, 低温センター, 准教授 (90432004)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 量子スピン液体 / 単原子層 / 量子液晶 / 固体ヘリウム |
研究実績の概要 |
ZYX基板を使う新たな比熱セルの構造材として、複数のプラスティック系候補物質を選択し、それらの比熱と熱伝導度を300 mKまで実測した。その結果、十分な性能をもつ素材としてシアネートエステル樹脂を採用することを決めた。また、ZYX基板を使う新たなNMRセルで用いる予定の低温プリアンプの開発に着手した。渦電流による発熱や電磁遮蔽を考慮したNMR信号強度の見積もりを行い、詳細設計を進めた。 一方、ZYX基板比熱セルが完成するまでの先行実験として、グラフォイル基板を使った比熱測定を0.2 mKから100mKの範囲で網羅的に行った。試料は、グラファイト表面を重水素化水素(HD)の2分子層で覆った上に吸着した単原子層の2次元3Heとし、その量子相図のほぼ全貌を明らかにできた。特に、非常に低密度の整合固相(4/7整合相)が存在することが明らかになり、そこでは、低温比熱が温度の2/3乗に比例する特異な量子スピン液体磁性を観測できた。この冪は磁気素励起の分散が波数の3乗に比例することを示している。また、過去の他グループによる帯磁率測定を再解析して、同じ温度域で帯磁率も温度の-1/3乗に比例する特異な振る舞いをもつことが判明した。これらを合わせると、これまで観測されたことのない未知の素励起が存在することを強く示唆している。その正体が、SU(2)対称性を仮定した基底状態からのS = 1のマヨラナ粒子という理論的な指摘もある。また、4/7整合相の高密度側には、異なる性質をもつ(低温比熱が温度に比例する)別の量子スピン液体相があることも分かった。この相は、従来、Heの2層系で知られていたC2相と類似の磁気比熱をもつ。両者は下地層の面密度が20%以上異なることから、整合相の可能性は低く、並進対称性は保ち、回転対称性が破れた量子hexatic相、つまり量子液晶である可能性を指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
比熱セルの構造材の選択では、熱的性質十分な情報がデータベースに無いものが多く、これを自分達で実測することから取り組んでいるので、セルの設計製作が予定より遅れているが、当初目標より高性能な装置を目指しており、結果的により質の高い実験データが得られるものと考えている。低温プリアンプの開発は、学生とともに電子回路の基礎から学習していることから、進捗が遅れているが、情報収集は進んでおり、今後、遅れを取り戻せると考えている。 これに対して、グラフォイル基板を使った比熱の先行測定は、まずはHD2層膜上の2次元3Heの量子相図という、航海で言えば海図にあたる指針を調べ上げるのが目的で行ったものである。しかし、新奇な量子スピン液体磁性を発見するという予期せぬ収穫があり、この部分は想定以上の大きな成果が上がった。 以上、総合的に判断して、研究は概ね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
シアネートエステル樹脂を外壁に使用したZYX基盤比熱測定セルを設計作成し、まずは前年度決定した100 mK以下の量子相図の2 Kまでの伸展を行う。これによって、新発見の量子スピン液体磁性を示す4/7整合相の融解現象を観測し、より詳細な相図を決定したい。同セルのサブmK温度への適用は、その後に行う予定である。一方、ZYX基盤NMR測定セルの方は、セルの製作をいち早く進め、まずは低温プリアンプを使わず、通常のパルスNMR法で、低密度2次元液体3Heの超流動探索を先行する。超流動転移は、自由誘導信号の周波数シフトや帯磁率に相当する強度の変化に注目して、0.1 mK以下の温度まで探索する。より信号強度の大きい量子スピン液体相では、低温プリアンプを使わずとも一定精度の測定が可能であり、スピン-スピン緩和時間の測定から、未知の磁気素励起のダイナミクスに迫りたい。その後、完成した低温プリアンプを使って、より信号強度の小さい液体相の超流動探索を本格的に進める。
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