らせん型の細菌スピロプラズマは、右巻きと左巻きのらせん形状を周期的に切り替えながら微小な流体空間を毎秒数ミクロンというはやさで推進する。本質的にまったくあたらしい運動マシナリーをそなえた細菌であると考えられてきたが,その動作機構はいまも多くの謎に包まれている。 本研究課題の目的は,この驚異の細胞運動を可能にする「膜--細胞骨格」複合系の力学的な動作原理を,定量的な生物実験データをもとに物理学的なアプローチで多角的に調べ,明らかにすることである。本年度は3年計画の最終年度にあたる。これまでの2年間は順調に成果を積み上げてきたが,最終目標である動きの仕組みの全容解明には至っておらず,まだやるべきことが数多く残されている。 本年度はまず,らせんの状態(右巻きと左巻き)を双安定な内部状態としてもつ弾性フィラメントのモデルを構築し,その数値シミュレーションとスケーリング解析をつうじて,菌体を伝わるキンクの伝搬速度に対するスケーリング関係式を提案した。これらの結果は,しかし,連携研究グループである宮田研(大坂市立大理学部)での測定結果とはうまく一致しなかった。このため,実際の細胞では粘性環境に応じてトルクが変動するなどのより複雑な仕組みが関与していると予測される。また弾性率測定の精度を改善し,スピロプラズマの細胞弾性がほぼその細胞骨格に担われること,それがアクチンフィラメント様のバンドルからなるプロトフィラメントによると考えたときの弾性率とうまく一致することを確かめた。 スケールアップモデルからのアプローチとしては,弾性リボンの飛び移り座屈にかんする新たな現象を見いだし,その仕組みを理論,シミュレーション,実験を組み合わせて完全に解明した。これらの力学的な性質はスケールを問わず普遍的なものであり,細菌細胞スケールの力学特性を理解するためにも重要な知見を与えるものである。
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