研究課題/領域番号 |
15H03743
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
千葉 聡 東北大学, 東北アジア研究センター, 教授 (10236812)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 種分化 / 多様化 / 多型 |
研究実績の概要 |
小笠原諸島父島および南島の石灰岩地から過去に採集されたヒロベソカタマイマイおよびチチジマカタマイマイの化石殻の年代測定を行った。最終氷期以降のカタマイマイ類化石について、1 個体ごとにAMS 法により年代測定を行い、各個体の時空分布を決定した。次に色帯の被度を用いて色帯多型の定量化を行った。これらの形態変異のデータを、個体の年代値に基づいて時間軸に沿って配置し、形態、色彩の時代的変化を調べた。 年代測定の結果、従来2000年前以前の化石種とされていたヒロベソカタマイマイは、最も新しいもので320年前という年代が得られ、年代の幅から推定して約300‐200年前に絶滅したと考えられた。殻の色彩からにヒロベソカタマイマイは、明色型・暗色型に区別することができ、この2型は約4000年前に南島で分化し、それ以前はすべて暗色型であったことが示された。一方、父島では、ほぼ同じ時期に暗色型から明色型に急速にシフトした。南島の資料について、形態の分化過程を、個体ベースで高精度に読み取ったところ、明色型、暗色型の分化に伴い、急速な形態の分化が認められた。以上の結果から、数千年の間に急速な同所的な表現形質の分化が生じたことが示された。 琉球列島において、喜界島や宝島からEuhadra、Bradybaenaとヤマタニシ属の化石種を採集し、その時系列変化を調べるとともに、分子系統解析を行って、過去の形態変化と現在の遺伝手変異の比較を行った。現生種の解析の結果、体サイズの違いが繰り返し進化し、またそれが繁殖隔離に寄与しており、種分化の重要な要因であることが推定された。化石に見られる形態的な変化のパターンは、この結果と整合的であった。 以上の結果から、生態的な性質の分化が、島嶼域の陸貝の種分化において重要なメカニズムであることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の当初の目標、すなわち、適応的分化のプロセスで、地理的な隔離なしに種分化は起こりうる?という仮説を、陸貝の化石記録と生態情報、進化史を用いて検証する、という目標は、現時点で仮説が支持される結果が得られていることから、おおむね順調に達成されつつあるといえる。また、形態・色彩とニッチの分岐進化を化石記録から高分解能で検出するという目標も、小笠原諸島の陸貝化石試料については、順調に達成されつつある。カタマイマイ類において、今年度の解析の結果、明色型と暗色型の分化が数千年の間に起きたことが示されたことは、急速な種分化の可能性を示唆しており、予想以上に早い生殖的隔離の進化が生態学的プロセスで起こりうることを示している。これは化石から種分化を検出できることを示す点でも、非常に有意義な結果である。 琉球列島の化石については、種の区別の問題と大陸の近縁種の問題が生じたため、特に化石記録の解析において、やや予定からは解析が遅れているが、一方で分子系統解析が進み、その進化史が明らかになったことで、予想以上の進展があった。特に生態観察と実験によって、体サイズの違いが繁殖隔離に寄与していること、系統推定の結果から、体サイズの分化が同所的に起きていることが示され、仮説をよく支持する結果が得られている。さらに琉球列島の種については、集団の遺伝子交流と生殖的隔離のレベルの解析も進んでおり、今後化石に適用することにより、その時間的変化を推定することも可能な状況となってきている。 以上のように、島嶼域での陸貝試料の解析は順調に進んでおり、得られた結果もおおむね仮説を支持するものであり、全体として、ほぼ予定通りに研究は進行中であると言える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究の結果、琉球列島では豊富な化石記録が得られたものの、砂丘から産出した化石の層序が逆転したり、時代の異なるものが混在していることが判明した。そのため、これについても正確な年代決定には、14C年代測定法により1個体づつ調べる必要があることが明らかになった。しかし予算的にこの解析を行うことは十分でない。そこで時間軸のデータを補強するため、分子系統推定を重視し、分子時計によって集団や種の分岐年代を推定する必要がある。そのためRAD-seqなど、多数の遺伝子座を用いた解析が必要であり、このような解析を進めていく必要がある。また大陸の種群からの移住の可能性を調べる必要性が生じたことから、大陸の近縁種をもちいた系統推定も必要である。今後、このような点を目的とした解析を進めていく予定である。 小笠原諸島のカタマイマイについては、これまでの成果から、化石殻の形態と色彩変異から過去の生殖的隔離のレベルを知ることが可能になったと判断できる。そこで現生種について、同所的な形態型や色彩型の間での遺伝子流動を、分子マーカーを用いて定量化し、形態、色彩の違いとの関係を推定することが必要になる。形態、色彩の遺伝様式の決定は容易ではなく、今のところEuhadraで色帯の有無と地色が、いくつかのsupergeneに支配されていることが推定されたのみである。以上の困難さから、今後、特に形態については、単純な特徴に絞って遺伝様式を部分的に推定することを目指す予定である。 現生種のニッチ利用については、琉球列島の種群も含めてほぼ明らかになったため、化石個体について炭素安定同位体比の分析により調べる予定である。色彩型の違いが種の違いとリンクしていることが示されたことから、安定同位体比で両者のニッチ利用の違いが識別可能であると期待できる。
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