研究課題
昨年度までの研究に引き続き、小笠原諸島および琉球列島のオナジマイマイ科陸貝の化石試料について、形態と色彩変異の解析を行ったほか、これらのデータを大陸地域の試料との間で比較した。各個体の写真を撮影したのちイメージファイルとして取り込み、ランドマーク法により殻の輪郭の座標を取得することにより、サイズとシェイプのデータを得た。そしてシェイプデータを主成分分析で解析した。その結果、これらのデータから、形態・色彩の違いが、ニッチ利用のパターンの違いと対応していることが見出された。特に樹上性の集団は、色彩多型が顕著で、殻が薄く、背が高い傾向を示したのに対し、地上性の種は一般に殻の色が濃色で、色彩多型に乏しく、厚い傾向を示した。また地上性でも落葉層の表層に住む種は、落葉層の下部に住む種よりも、色彩が明るく、殻が扁平な傾向を示した。これらの傾向は、異なる地域の種や集団で、共通に認められた。以上のような現生集団で行った形態解析と同様の解析を化石についても行った。化石殻の14C炭素年代測定の結果、これらは更新世末期の試料であることがわかった。特に殻に色彩の残っていない個体については、紫外線下で色彩の痕跡を検出することにより、生時の色彩多型を復元した。その結果、化石でも現生と同様の色彩多型や殻の形の変異パターンが見出された。これらのパターンから、化石種の過去のニッチ利用の様式を推定することができた。現生のオナジマイマイ科について遺伝子解析を行い、これらに属する種群の系統を推定し多結果、上記のニッチ分化と系統分化が異なる系統と地域で独立に生じたことが示された。以上の結果から、生態的分化が島嶼における陸貝の種分化に重要な役割を果たしたことが示された。また化石種で示された形態分化が、ニッチ分化を伴う種分化を反映している可能性が示された。
2: おおむね順調に進展している
本研究の当初の目標は、生態的種分化のプロセスで、地理的な隔離なしに種分化は起こりうるのではないか、という仮説を、陸貝の化石記録と現生種の生態情報及び遺伝子解析に基づく進化史を用いて検証することであった。この点について、本年度までに得られた結果は、仮説を支持するものであることから、研究はおおむね順調に達成されつつあるといえる。また、形態変異と色彩多型およびニッチ分化の関係を現生の結果をもとに化石記録から高分解能で検出するという目標も、小笠原諸島と琉球列島の陸貝化石試料について達成されたと言える。こうした成果は、27年度の研究からも導かれており、28年度の研究成果もそれを支持しかつ補強するものとなったことから、研究は順調に進行していると言うことができる。小笠原諸島の陸貝については、特に詳細にニッチ分化を反映する形態形質が検出されたことから、従来考えていたよりも、より高い精度でニッチ利用の様式を推定することが可能となった。一方、琉球列島の陸貝については、ニッチ分化のレベルがそれほど顕著ではないため、化石種のニッチ推定にやや難点があることがわかった。しかし一方で、生態観察と操作実験の結果、殻の大きさと形の違いが、繁殖干渉あるいは繁殖隔離に寄与していることや、体サイズの分化が同所的に起きていることが示され、性選択の面から仮説を支持するという意外な結果も得られている。これは生態的なプロセスによる種分化という点では、厳密には当初の仮説とは異なるものの、広い意味の生態的種分化には一致しており、それを補強するものとなっている。以上のように、島嶼域での陸貝試料の解析は順調に進んでおり、得られた結果もおおむね仮説を支持するものであり、全体として、ほぼ予定通りに研究は進行中であると結論付けることができる。
琉球列島から産出した化石陸貝については、時代の異なるものが同じ試料に混在していることが判明したため、これについて正確な年代決定には、14C年代測定法により1個体づつ調べる必要があることが明らかになっている。しかし予算的にこの解析を行うことは十分でないため、時間軸のデータを補強する目的で、遺伝子解析によって得られた分子時計を用いて集団や種の分岐年代を推定する必要がある。そのためRAD-seqなど、多数の遺伝子座を用いた解析が必要であり、このような解析を進めていく予定である。昨年度はそのための基礎となるライブラリの作成などを行ったものの、解析とデータ取得は今後の課題であり、この研究を進めていく予定である。また現生種について、同所的な形態型や色彩型の間での遺伝子流動を、上記の分子マーカーを用いて定量化することによって推定し、形態、色彩の違いと生殖的隔離の関係を推定することが必要になる。この点についても、上記の分子マーカーを用いた解析を行う予定である。化石現生種のニッチ利用については、小笠原諸島と琉球列島の種群を中心として、現生種の形態とニッチ利用の関係を適用することにより、ほぼ明らかになったが、別の視点からこの推定の妥当さを検討する必要がある。そこで、化石個体については、炭素安定同位体比の分析によって直接その餌や住み場所を調べる予定である。同様な分析を現生種についても行い、その推定の妥当さを確かめる。最後にこれらのデータをもとに、種分化のプロセスについてのモデルを構築し、仮説の妥当性を検討する。そのために、計算機シミュレーションによって実際に得られた環境、遺伝の条件下で、予想する種分化のパターンが得られるかを検討することを考えている。
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