研究課題
固体地球システムにおける「水」を初めとする揮発性物質の循環は、マントルの物理化学状態に大きな影響を与えるため、地球内部のダイナミクスと化学進化の理解に必要不可欠である。しかし、揮発性であるが故に捉え難く、また固体試料中の系統的分析方法も確立していないため、全容解明からは遙かに遠い。本研究では脱ガス作用の少ない深海火山ガラスや地殻深部で結晶化した火成鉱物に取り込まれたメルト包有物の微量試料を対象に、揮発性元素濃度、同位体比の系統的分析方法を二次イオン質量分析計(SIMS)を用いて確立することを目的とする。確立した分析手法を用いて様々なテクトニックセッティングにて形成された火山試料の揮発性物質のデータを系統的に揃え、地球内部物質循環解明に新展開をもたらそうとするものである。平成28年度までに微量火山ガラス試料中の水、二酸化炭素、フッ素、塩素、硫黄濃度の分析法を2台のSIMS (Nano-SIMSおよびIMS-1280HR)にて開発し、それに関連する論文が国際誌に受理され、印刷中である。また、IMS-1280HRを用いた火山ガラス中の水素同位体比分析法も確立した。本手法で、国際深海科学掘削計画(IODP)で採取した前弧玄武岩質ガラス、ボニナイトガラスの揮発性物質濃度を120試料測定、水素同位体比を60試料測定し、沈み込み帯の揮発性物質の振る舞いについて、学会で成果発表を行った。今後は水素同位体比の分析手法を応用し、硫黄同位体比の分析法に着手する。また応用研究としては、海洋島玄武岩のカンラン石に含まれるメルト包有物の揮発性物質濃度及び同位体比を分析し、地球内部における揮発性物質の循環、振る舞いを明らかにする。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度執筆し、現在印刷中の論文では均質な火山ガラス中の水、二酸化炭素、フッ素、塩素、硫黄及びリン酸の濃度を精度良く決め、揮発性物質濃度を求める標準ガラスとして14試料を提案した。海洋研究開発機構既設の特徴の異なる2台のSIMS (NanoSIMS及びims-1280HR)を用いて、非常に良い検量線が再現され、10ミクロン程度の分析領域から良質な揮発性物質のデータが得られることを確約した。これまでは個々の研究所が独自に準備した標準試料で揮発性物質のデータが報告され、比較することが困難であった。しかし、本研究を通じて得られた良質な天然の標準ガラスを他の研究所でも用いれば、報告される揮発性物質のデータの質が良くなることが期待でき、同じグラフにプロットすることが可能になる。平成28年度は超高感度・超高質量分解能SIMSであるims-1280HRによる水素、硫黄同位体比分析法の開発を行った。これらの同位体比は上部マントルと地球表層物質では著しく異なり、リサイクル物質寄与率のよい指標となるからである。水素、硫黄同位体比分析用のSIMSの標準ガラスは揮発性元素濃度分析に用いた標準ガラスを用いて、これらの同位体組成の均質性をims-1280HRで確認した。磁場を固定し、マルチコレクション検出による測定の方が安定していて分析時間も大幅に短縮できるので、水素同位体比に関しては16OH(Faraday cup)、16OD(SEM: 二次電子増倍管)をもちい、硫黄同位体比では32S(Faraday cup)、34S(SEM)での測定を行った。選定した均質なガラス試料の水素同位体比を東京工業大学の安定同位体比質量分析計(IRMS)で測定し、水素同位体比分析法は確立した。硫黄同位体比はIRMSにより標準試料の値付けを行えば、未知試料に応用可能段階にある。
揮発性物質濃度の分析法は完成したので、さらに国内外の研究コミュニティーに広く周知するとともに共同研究を受け入れる体制を整える。また、ims-1280HRによる水素、硫黄同位体比分析法を確立しつつあるので、以下の3つの応用研究を行っており、成果を論文として発表する。1.世界各地で採取された深海底玄武岩の揮発性物質濃度の分析とこれまでに報告されたデータのコンパイルから始原マントルとリサイクル物質中の水の特徴を区別し、全マントル対流における水の役割を明らかにする。2.国際深海科学掘削計画(IODP)で採取した前弧玄武岩質ガラス、ボニナイトガラスの揮発性物質濃度と水素、硫黄同位体比の測定を行い、沈み込み帯の揮発性物質の振る舞いに制約を与える。3.深部マントル起源の海洋島玄武岩(フレンチポリネシアとピトケアン島)に含まれるカンラン石中のメルト包有物の揮発性物質濃度と水素、硫黄同位体比の測定を行い、揮発性物質の振る舞いを理解する。平成29年度は本研究期間の最終年度であるのでより多くの共同研究を受け入れ、様々なテクトニックセッティングで形成された火山ガラス、メルト包有物の多元素濃度・多同位体組成の分析を行い、挙動の異なる元素を組み合わせることにより、上昇過程の脱ガスや混染の影響を除いてオリジナルなソース情報の読み解き、地球内部での揮発性元素分布や不均質性を解明する突破口を開くとともに次期の科研費研究に関する申請テーマの糸口を見つける。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 4件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 4件、 招待講演 2件)
Geochmical Journal
巻: 51 ページ: 印刷中
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Chemical Geology
巻: 451 ページ: 55-66
10.1016/j.chemgeo.2017.01.007
International Geology Review
巻: - ページ: 1-12
10.1080/00206814.2016.1276482
巻: 439 ページ: 110-119
10.1016/j.chemgeo.2016.06.018