分子振動と電子運動の相関(振電相互作用)が、様々な電子励起過程や反応過程で重要な役割を果たすことが知られている。こうした振電相互作用効果の本質は、原子核の変位に伴う電子波動関数の歪みにある。本研究の目的は、これまで実験的にアプローチの困難であった”電子波動関数の変化”に焦点を定め、振電相互作用研究を展開することにある。 本年度は、電子運動量分光(EMS)実験により軌道毎の電子運動量分布を高精度で測定し、電子波動関数形状に対する分子振動の影響を詳細に調べた。アダマンタンやジメチルエーテルなどの比較的大きな分子を対象とした実験を行うとともに、分子振動の影響を考慮した独自の理論計算を実行し、両者の比較などから個々の振動モードが電子運動量分布に与える影響を明らかにしている。その結果、特定の振動モードが電子運動量分布の変化にしばしば支配的に関与しており、その効果は核変位によるポテンシャルの変化に起因した分子軌道間の相互作用、即ちHerzberg-Teller結合、を考慮することで理解できることを示した。本結果は、電子波動関数形状に顕著な影響を与える振動モードの励起により、分子の性質へ大きな変化が齎される可能性を強く示唆している。そこで、振動励起した分子を対象とした研究に着手した。この目的のため、研究所付属機械工場の技術職員と連携して高温分子ビーム源の設計を行い、28年度の測定開始を目指してその製作を進めてきた。さらに、電子波動関数の歪みが分子の電子励起確率および後続解離過程に与える影響の解明に向け、その基盤となる手法を確立すべく、比較的簡単な分子を対象とした電子エネルギー損失分光実験も行っている。
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