研究課題/領域番号 |
15H03762
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
山崎 優一 東北大学, 多元物質科学研究所, 助教 (00533465)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 時間分解分光 / コンプトン散乱 / 波動関数 / 核波束 / 反応動力学 / 電子分光 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、光化学反応途中における孤立分子内原子核の運動量分布の変化、すなわち過渡状態振動波動関数が運動量空間において時間発展する様をスナップショット的に観察する新規分光手法を開発・確立することである。この目的のために、安定状態にある原子核の運動量分布を与える原子運動量分光を、過渡不安定状態をも対象とする手法へと展開を図り、化学反応を追跡するのに必要な時間分解能(1 ps)ならびに原子運動量分光に必要なエネルギー分解能(約0.5 eV)の両者の要件を満たす時間分解原子運動量分光装置を試作する。 本年度は、昨年度に引きつづき、時間分解原子運動量分光へと展開が可能な超高感度マルチチャンネル型原子運動量分光装置の立ち上げ、性能評価、および実験条件の最適化などを行った。連続型電子銃(熱電子銃)を用いて基底状態のXe原子を対象とした実験を行い、約2 keVの散乱電子を1/20に減速することで、エネルギー分解能(0.6 eV)および観測可能範囲(約10 eV)の両者について所期の目標を達成した。そこで、開発した装置で得られるデータを既存の原子運動量分光装置のものと比較するため、基底状態のメタン分子を対象とした実験を行った。得られたスペクトルにはメタンを構成する水素原子および炭素原子の反跳エネルギーならびにドップラー広がりを反映したバンドを観測し、開発した装置が原子運動量分光に必要な所期の性能を有することを実証した。また、エネルギー分解能については既存装置[豪州・M. Vosら]にやや劣るものの、エネルギー分解能、入射電子線強度、および積算時間で規格化した信号計数率を3桁近くにまで大幅に向上させることに成功した。これは、入射電子線の超短パルス化に伴う大幅な強度低下を補うことが十分に可能な値であり、本装置を実験的基盤とした、化学反応中の原子運動の可視化へ向けた大きな成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、装置試作による新しい実験手法の開発が大きなウェイトを占めるため、4年の研究期間のうち3年間を費やして、安定基底状態の分子を対象としたピコ秒パルス電子線による原子運動量分光をシステムとして立ち上げる予定である。本年度は、試作を要する設備を整備しつつシステムとしての立ち上げを開始する計画であったが、昨年度に連続型熱電子銃を用いた原子運動量分光部が予定よりも早く完成したため、引きつづき原子運動量分光部の性能評価および実験条件の最適化などを行うことができた。その結果、エネルギー分解能や観測可能なエネルギー範囲、および信号計数率の大幅な改善などについて、装置の基礎的データを得ると共に時間分解化へ向けた確たる技術的基盤を築くことが出来た。こうした性能評価や最適化を前倒しして行えた一方で、当初予定していたパルス電子線を用いた実験を開始するには至っていないのが現状であり、これらを総合的に判断して本研究課題の進捗は、おおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策として次の3つの研究課題を段階的、あるいは並行して進めていく。それらは、(1)基底状態を対象とした原子運動量分光の実験データに含まれる原子運動量の寄与の内訳を明らかにする、(2)実験データと直接比較しうる理論スペクトルの計算法を開発する、(3)これまでに開発した原子運動量分光装置と時間分解分光とを融合し、時間分解原子運動量分光を実現する、ことである。 (1)については、基底状態の希ガスや二原子分子を対象とした実験と系統的に行い、スペクトル形状に対する分子の並進運動と内部運動(回転および振動運動)の寄与をそれぞれ明らかにする。これにより、実験のスペクトル形状から化学反応に関与する原子運動についての情報を直接抽出できると考えられる。(2)は、分子線の並進速度分布、分子回転による空間平均、および振動波動関数を全て考慮し、分子中の構成原子のコンプトンプロファイルを理論的に求める手法を開発する。さらに、開発した理論解析法を不安定過渡状態をも対象とするように拡張・発展させる際には、反応動力学理論の専門家などとの共同研究等も視野に入れながら進める。(3)ではまず、時間分解化に不可欠なピコ秒パルスプローブ電子銃を本分光法に特化した形に開発し、フェムト秒ポンプレーザーとピコ秒パルス電子線との時間的同期を取った上で、信号計数率の最適化を進めていく。そのためには、研究代表者らが有する、時間分解「電子」運動量分光の開発を通じて培ってきた基盤技術を最大限に利用する。
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