研究課題/領域番号 |
15H03793
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研究機関 | 電気通信大学 |
研究代表者 |
石田 尚行 電気通信大学, 大学院情報理工学研究科, 教授 (00232306)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 磁性 / 超分子化学 / 有機化学 / 結晶工学 / 複合材料・物性 |
研究実績の概要 |
分子磁性という学問分野は我国が世界に誇れる基幹物理化学の一つである。この分野発の新規材料群で、学界・産業界に貢献することは重要である。有機材料の柔軟性に起因して、ラジカルと遷移金属イオンからなる物質や純粋な有機材料の中からスピン転移と構造転移がカップルする系を多く見いだした。 (1)固相や溶液相で、分子の配座(立体構造)変化により磁性、光学特性のスイッチ挙動を示す新材料を分子設計し、合成開発を実践した。例えば、2つのニトロキシドラジカルを分子内で近接した位置へ配置し、極めて強いラジカル間相互作用を与えることに成功した。ラジカル間のスペーサーとして、キサンテン、ナフタレン、トリプチセンを用いてラジカル間距離のチューニングを行った。 (2)室温で動作する分子磁性材料を開発するには、構造相転移を伴う系とするのが重要である。構造相転移は通常熱ヒステリシスを伴い、双安定性を導入するのに具合がよい。例えば、トリスピリジルメタン類を三脚型配位子として用いた鉄(II)錯体の中から、ちょうど室温をまたぐスピン転移(スピンクロスオーバー)を起こすものが見出された。また、pybox と呼ばれる配位子を鉄(II)錯体に用いて、転移温度の置換基依存性を調査した。分子間力の改善のために、置換基としては水酸基、アミノ基、ハロゲンなどを導入している。 (3)希土類イオンを用いた研究の過程で、ニトロキシドラジカルとガドリニウムイオンとの間に、史上最強の反強磁性的カップリングと強磁性的カップリングをもつ錯体を分子設計し、実際にそれらを合成して予測された相互作用が実測されることを明らかにした。また、前者については低温物理・磁性物理の研究グループと共同で、Gd-bpyNOと称される化合物が52Tという交差磁場を持つことを明らかにした。この成果を発表した論文は ACS Editors' Choice に選定された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績の概要の項に合わせて、テーマ(1,2,3)についてそれぞれ記す。 (1) 固相や溶液相で、分子の配座(立体構造)変化により磁性、光学特性のスイッチ挙動を示す新材料を創出するテーマにおいては、進捗状況は概ね計画通りである。超分子的な観点、結晶工学的観点から、置換基の導入に対して電子的効果や立体効果を厳密に制御して、分子設計通りの標的分子を合成開発することに成功した。材料としての開発においては一定の成果が見られるが、制御の課題はこれからである。 (2) 室温で動作する分子磁性材料を開発するテーマにおいては、鉄(II)錯体の中から、ちょうど室温をまたぐスピン転移(スピンクロスオーバー)を起こすものが見出された。金属イオン中心に与える結晶場、配位子場は、配位子のπ共役系に与える置換気の電子効果によって影響を受ける。この調査は順調に進められた。進捗状況は概ね計画通りか、やや上回った成果が得られたと考えてよい。 (3) 希土類イオンを用いた研究では、ニトロキシドラジカルとガドリニウムイオンとの間に、史上最強の反強磁性的カップリングと強磁性的カップリングをもつ錯体が分子設計通りに開発できたことは大きな意義がある。また、本成果を発表した論文の一つは ACS Editors' Choice に選定された。研究進捗状況としては大変誇れるべき成果をあげたと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
電子物性材料への応用のためには、室温ヒステリシス(双安定性)を有する系の開発が望まれる。ヒステリシスは潜在的に準安定相に系がトラップされる状況で起こるが、これをもたらすような分子間共同効果の導入をはかる。水素結合、π-π相互作用、ハロゲンやカルコゲン接触、弱い配位結合が有力な候補である。合成側観点では分子の種々の誘導体化はたやすいが、手当たり次第では物質を作り過ぎてしまうことになりかねない。適切な分子設計と選ばれた物質の合成は大変重要である。 構造相転移の圧力効果はクラペイロン-クラジウス式で記述でき、転移温度は圧力効果によりチューニング可能である。加圧測定には静水圧圧力セルを用いる(7 GPa 用BeCu製)。これにより、相転移温度の圧力効果を調べることができ、相転移にかかわる熱力学的諸量の情報が得られる。光磁気機能については、光照射効果は、光導入オプション付き SQUIDが対応できる。現有の光源(白色、UV、緑レーザー)と石英ファイバーを用いて磁気測定装置内で in situ に光反応させることにより調査する。 光誘起磁性材料(光誘起励起スピン状態捕捉を示す材料)は、スピンクロスオーバー(SCO)物質において達成されている。我々が新規に開拓したもののうちのいくつかが陽・陰イオンであるため、種々のカウンターイオンパーツとの組み合わせに向く。多中心スピン転移と単イオン中心SCOとの組み合わせも可能である。スピン転移を光で制御することは、高速な情報の記録、再生のテクノロジーとして重要であり、今後の開発研究の方向性の一つと位置付けられる。昨今導入している希土類錯化合物も、この目標に関連して材料上の候補の幅を広げることに寄与するだろう。
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