研究課題/領域番号 |
15H03931
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
巽 和也 京都大学, 工学研究科, 准教授 (90372854)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | マイクロ流路 / 静脈血栓 / 蛍光観察 / フィブリン網 / 温度特性 / 物質拡散 / 流れ |
研究実績の概要 |
平成27年度は,血栓の熱物性と静脈血栓の形成過程を明らかにするためにマイクロ流路と蛍光標識計測手法を用いて流れの中における血栓成長の測定を行った.マイクロ流路の一部にはコラーゲンを塗布することで血管壁が損傷しコラーゲン層が露出した場合を模擬した.その結果,静脈では流れが遅いため血栓形成の初期過程では血小板の凝集は動脈血栓と比較して顕著に起こらず,壁面に個々に付着した血小板からフィブリン繊維が成長することでフィブリン網が形成され,そこに赤血球が絡め取られることで血栓が成長することが分かった.さらに血小板からの血栓活性化因子の放出と物質拡散がフィブリン網の形成に影響することを示した.測定では血液における壁近傍の物質拡散係数をナノ粒子の運動を測定することで求め,血小板からの物質拡散領域とフィブリン繊維の成長領域の間で相関が存在することを明らかにした.そして見かけの拡散係数を用いてフィブリン網の成長範囲を表すことができるモデルを新たに提案した. また一定圧力勾配で流体をマイクロ流路に供給した場合,血栓が流路内に形成されることで流動抵抗が増加し流量が低下する現象を利用して流路に血液を流してから血栓が形成されるまでの時間(凝固時間)を見積もった.測定では流路の温度を変化させて行い,温度と凝固時間の関係を求めた.その結果,凝固時間は37℃で最も小さい値を示し,温度が低下すると凝固時間が単調増加することを明らかにした.従って血栓・止血効果は温度が減少すると低下すると考えられる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の研究計画に沿って静脈流れを模擬したマイクロ流路を製作し,その中にヒト血液を流して血栓を形成することに成功した.さらに蛍光標識法を用いて血小板の活性化,フィブリン繊維の成長の時間変化,血液内の物質拡散係数の測定を行うことにより流れにおける血栓形成の初期の様子を細胞レベルで明らかにすることができた.これに加えて温度制御ユニットを製作してマイクロ流路の温度を変化させ血栓形成に要する時間を測定することで血栓速度に温度が重要な役割を果たすことを示した.このようにマイクロスケールの測定に関しては順調に進捗したと言える. 一方,測定をする中で血小板の活性化とフィブリン網の成長だけでなく,基本の生化学反応経路には影響しないと考えられた赤血球の存在が血栓形成速度に顕著な影響を与えること,血栓に影響を与える流れの条件が新たに複数存在することが分かったこと,必要な実験の再現性を達成するための測定回数を満たすためにはマイクロ流路の製作に限界があること,等のことから測定系を改善する必要が生じた.そのため予算の繰越申請を行い,新たな測定系を2つ再設計して製作することとなった.この点で研究計画は一時的に遅延することとなった.
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今後の研究の推進方策 |
予算の繰越申請により,新たにマイクロキャピラリーを用いた流れにおける血栓形成の簡便かつ再現性の高い測定,またキュベットを用いた透過光強度の測定に基づく血漿と血小板のみの場合における血栓形成時間(凝固時間)と透過光強度の時間分布によるフィブリン濃度の測定,それぞれに関する計測系を構築する.これにより,流れによる静脈血栓形成への影響をより精度良く短時間に多数の計測が可能となり,温度を変化させた場合も条件数を増やすことができる.また,静脈血栓形成の初期段階の起点となるフィブリン生成反応への温度の影響を詳細に測定することができる.これに加えてフィブリン濃度の時間分布からフィブリン生成反応の反応速度定数と温度の関係を求めることできる. これらの定量的な値,特に反応速度定数は数値シミュレーションとそのモデルの開発に必要なものであり,温度と熱物性に関するこれら諸変数・定数の導出を図る. さらに細胞レベルの計測についてはマイクロ流路プラットフォームを用いた技術を発展させる予定であるが,特に問題となるのは1細胞計測および種々ある形成要因(因子)の切り離しと整理することである.現存のマイクロ流路では血小板の接着位置を制御できないだけでなく,隣接する血小板の数と位置,上流に接着した血小板からの活性化因子の放出の影響などが存在するため,形成因子の測定が困難である.そこで,マイクロ流路内の特定の位置に血小板1細胞または血小板群を壁面に付着させ,周囲環境から孤立させた上でフィブリンの成長などを測定する.この場合,誘電泳動力,音波,吸引,捕獲ナノジグなどの技術を用い,流路だけでなく電極や周辺装置の開発を行う予定である.
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