研究課題/領域番号 |
15H03950
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
辻 敏夫 広島大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (90179995)
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研究分担者 |
鈴木 芳代 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門量子ビーム応用研究センター, 研究員 (10507437)
曽 智 広島大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (80724351)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | バイオメカニクス / C. elengans / 放射線影響 / 這行運動 |
研究実績の概要 |
本研究では,線虫の這行運動の生成メカニズムとその放射線影響の解明を目的として,神経-筋-身体動力学モデルに基づく線虫シミュレータの研究開発を進める.具体的には,以下の4項目を期間内の達成目標とする.1.刺激受容から運動生成までの数理モデル化,2. 数理モデルの最適化,3.運動生成メカニズムの解析,4. 推定結果の見える化 達成目標1&2:本年度は,放射線影響を解析するための準備段階として,化学走性に着目し刺激受容から運動生成までの数理モデルのプロトタイプを構築し,そのパラメータ最適化アルゴリズムを開発するとともに,モデルに基づいた化学走性メカニズムの解析を行った.提案モデルは,化学濃度の分布を近似した環境モデル,実神経構造を考慮した神経回路モデル,および,神経回路の出力を運動に変換する身体モデルの3つの要素で構成されており,神経回路モデルに含まれるパラメータは工学的分野で開発された通時誤差逆伝搬法を発展させたアルゴリズムを提案し,学習的に調整した.提案モデルを用いて,化学走性シミュレーションを行った結果,化学走性を行うための大まかな運動様式が再現されることを確認した(学会発表:Soh et al., 2015; Sakamoto et al., 2015). 達成目標3:線虫の運動生成メカニズムを解析するため,ビデオカメラを用いて這行運動を撮影した.撮影対象は,野生型の線虫,ガンマ線(1000Gy,1500Gy)を照射した野生型の線虫とした.また,動画像解析により線虫の尾部移動距離や身体の伸び率など這行運動を説明し得る指標を複数抽出した.野生型の線虫とガンマ線を照射した線虫の運動を比較した結果,有意な差が確認されたことから提案指標の有効性を確認した.さらに,各動画と抽出した指標をデータベース化し,数理モデルによる運動解析を行うための準備を整えた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の28年度までの目標としていた刺激受容から運動生成までの数理モデルの構築にとどまらず,モデルを用いた化学走性の再現を行い,さらに情報処理アルゴリズムの解析を行ったため(学会発表:Soh et al., 2015; Sakamoto et al., 2015).当初の計画では化学走性の解析は研究計画に含まれていなかったが,刺激受容から運動出力までの一連を解析するための良いモデルケースであった.本年度の解析結果に基づいて,今後は化学走性の放射線影響についても議論できる可能性があり,当初予想していなかった新たな展開が期待できる. また,当初H27年度は野生型の個体の這行運動を撮影する予定であったが,放射線を照射した個体についても動画撮影を行った.これに加えて,動画解析を行い,放射線照射個体と野生型個体の運動の違いを表す指標の抽出にも成功した. 以上に述べた通り,当初の予定を超えて期待以上の成果が得られたため.
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今後の研究の推進方策 |
平成28-29年度は,平成27年度に構築した線虫モデルのプロトタイプに基づき,運動画像から筋活動と神経活動が推定する手法の確立を目指して神経-筋モデルを構築する.また,モデルの検証と解析に用いるデータを収集するために野生型と各種突然変異体の運動計測を行うとともに,放射線影響の解析を行うために放射線照射個体についても運動の計測を行う. 具体的には,まず,身体を駆動する粘弾性を考慮した筋モデルを構築するとともに,筋指令を生成する神経回路モデルと身体動力学モデルと統合する.線虫は96個の筋細胞を有しており,それぞれ運動ニューロンの指令に応じて収縮・弛緩する.これをヒルタイプの筋モデル[Hill, 1938]により近似し,筋活動と筋細胞の長さの関係を実測した従来知見[Petzold et al. 2011]に基づいてパラメータを設定する.そして,各筋細胞モデルを実構造のデータベース(Wormatlas)に基づいて身体動力学モデルに配置する.以上により,身体動力学モデルを駆動可能な筋モデルを構築する.さらに,平成27年度に撮影した野生型の個体の運動が再現できるように神経回路モデルのパラメータを最適化するとともに,得られたパラメータの妥当性を検証するため,突然変異体の神経回路構造に基づいて神経回路モデルの接続を変更して身体動力学モデルを駆動し,突然変異体の運動指標を最もよく再現でき,かつ,統計的に最も出現しやすいパラメータセットを実生物の神経回路構造に近いものとして選択する. 以上に述べた線虫の神経―筋―身体モデルを用いて,放射線影響を受けた線虫の運動を解析することで,どの神経細胞の応答が放射線照射後にどのように変化し,運動の低下と急速な回復に結び付くのかを推定し,放射線作用機序の解明を目指す.
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