研究課題/領域番号 |
15H04141
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
今野 豊彦 東北大学, 金属材料研究所, 教授 (90260447)
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研究分担者 |
嶋田 雄介 東北大学, 金属材料研究所, 助教 (20756572)
長迫 実 東北大学, 金属材料研究所, 助手 (30436167)
木口 賢紀 東北大学, 金属材料研究所, 准教授 (70311660)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 合金の相安定性 / 振動エントロピー / 透過電子顕微鏡 / 散漫散乱 / 第一原理計算 / ヒュームロザリー相 |
研究実績の概要 |
本研究では社会基盤材料として重要なHR相や後述する TCP(topologically complex phase)相などの複雑な結晶構造を有する相における高温の安定性の原因を追求し、(1) 実験的にはTEMにおける加熱実験により、散漫散乱ならびに高分解能観察を行い、(2) 第一原理計算により得られるフォノン分散と対比することによりデータを検証し、(3)最終的に振動エントロピーを定量化することにより、これらの相の安定性の原因を解明することを目的としている。 実験的な観点からは本年度はステンレス鋼中のTCP相の構造解明に注力した。すなわち原子力格納容器等に用いられるモリブデンを含有する二相ステンレスにおいて、そのフェライト相に析出するG相として知られるTCP相は脆性をもたらす析出相であるが、その構造ならびに発生の起源が不明であった。今回、種々の析出条件において構造変化の様子を透過電子顕微鏡を用いて追跡した。その結果、ナノメートルオーダーの領域(ドメイン)が生成し、その領域にモリブデンが濃化することを見出した。さらに一部の領域では擬似5回対称性を呈する回折パターンが検出され、この相がχ相と極めて類似しており、複合析出的な形態をしていることを見出した。また実用材料としてはアルミニウム合金に着目し、θ相にいたる析出シーケンスを解明している。 一方、計算という観点から、本年度は第一原理計算によるポテンシャルの計算に加え、そのポテンシャルに基づくフォノン計算を開始した。現在は単純な合金系についてフォノン状態密度を求めることに成功しており、次年度はフォノンによる電子線回折パターン中の散漫散乱の定量化につなげる予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、計算および理論という観点からは、今年度は VASP に基づく第一原理計算によって得られたポテンシャル中の原子の振動を求め、振動の状態密度を明らかにする体制を整えることができた。本研究で用いている格子振動特性を求める計算ツールでは、位相空間上で積分を行うことにより振動エントロピーを評価することが可能あるが、非化学量論性が大きい領域では配置エントロピーの項も全体の自由エネルギーに対して大きな寄与を有する。したがって、相の安定性を最終的に検討するにあたってはこの二つのエントロピーを考慮する必要があり、この点においては次年度の課題とした。 実験的にはステンレス合金系およびアルミニウム合金系中に発生する複雑な構造を有する析出相の安定性を収差補正電子顕微鏡を用いて解明しており、この分野での新しい成果となっている。特にG相の安定性に5回対称性を内包するχ相の存在を見出したことは大きい。すなわち組成揺らぎにより並進対称性を有する結晶構造が担保されない場合でも局所的には同様の点対称性を有するクラスターが構造単位として存在することを示し、具体的にはモリブデンがこのクラスターの安定性に関与していることを明らかにしている。これは当初予想されなかった現象であるが、析出相という母相と平衡状態にある相の安定性という意味では重要な成果といえる。この系に関しては加熱実験等により、さらにこのクラスターの安定性を立証することも必要と考える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の動機は、結晶構造の有限温度域における安定性を理解するためにはエネルギー計算(絶対零度における第一原理計算)だけでは不十分で、エントロピーの評価が必須であることに遡ることができる。特に振動エントロピーの正しい理解は高温域で必須であり、ギブスの自由エネルギーのエンタルピー項とエントロピー項をバランスよく与えることを目的としている。これまで、前者のエネルギー計算に関しては一定の精度で行えるようになったが、振動モードを定量化することが困難であり、今後、この振動モードを状態密度として定量化することが大きな目的である。 実験的には透過電子顕微鏡中で加熱ホルダーを用いて温度を変えながら合金からの回折パターンを検出し、特にその散漫散乱を定量化し、計算で予測される結果と照らし合わせることがこの研究を推進していくためには必須である。これまでに典型的なヒュームロザリー相を呈する銅基合金における予備実験を行っており、今年度、本格的な定量実験を開始することとしている。 さらに走査型収差補正電子顕微鏡を用いて軽元素の複雑な相における役割を解明する。具体的にはアルミニウム合金における応用上も重要なリチウムの挙動がこれまで不明であったが、今回、環状暗視野法を用いることによりその同定を行う。具体的には T1相と呼ばれる六方晶に属する析出相の安定性と構造変化が未知であり、今年度は具体的な構造評価を進める。 特に本研究は今年度が最終年度であるが、一方で相安定性という観点からは臨界点近傍の挙動に不明な点が多く、今年度は特に相変態温度、および相変態組成の近傍における揺らぎを抽出し、以後の研究に発展させることを念頭に実験を進める予定である。
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