軽水炉冷却水の化学環境の把握と制御は、プラントの健全性を確保する上で必要不可欠である。放射線照射に伴う水の改質が応力腐食割れや放射能移行を引き起こす要因となるため、その前駆体である初期分解生成物を含めた水分解反応機構の解明が必須である。しかしこれらは反応性が高く短寿命であるため計測が容易ではなく、放射線化学的知見は未だ断片的である。本研究において量子ビームを駆使し、実機では不可能な超高速時間分解測定や反応動力学計算から、高温高圧さらには超臨界領域を含めた放射線分解反応を体系化することを目的とする。電子線形加速器施設において、試料を高温高圧に保つためのフロー型高温高圧分光セルを導入し、ピコ秒、ナノ秒領域を計測するため、パルスプローブ方式、Kinetic方式の2種類の高時間分解分光測定系を構築しパルスラジオリシス実験を行った。化学過程における水素原子-水分子反応は水素を発生する反応であり、照射下の腐食電位変化に関わる重要な反応とされるが、実験的に直接計測した例がなく、高温下の反応性に関する知見は確立していなかった。パルスラジオリシスおよび反応動力学計算を用いて反応性を調べた結果、亜臨界以上の領域で従来の理論的な予測値より一桁高い10^4 (M-1s-1)オーダーの反応速度定数を持つことが分かった。これを組み込んだ反応動力学計算から、定常照射下の過酸化水素濃度および水素注入に伴う抑制効果を評価することができた。また化学過程に加えて、更に高速な過程である物理化学過程についても素過程解明を進めた。溶媒和前電子の捕捉剤を用いて電子の溶媒和確率を調べた結果、高温ほど捕捉剤との反応を逃れる確率が高く、電子の溶媒和は高温ほど加速されることが分かった。これまで電子の緩和過程を含めた物理化学過程の温度効果に関する知見は皆無であり、新たなモデルを提唱することが出来た。
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