当該年度の研究では、難治性うつ病の治療薬として近年注目を集めているケタミンによる成体海馬神経新生の制御機序について、免疫組織学的実験、行動薬理学的実験、生化学的実験を組み合わせる集学的な検討を行った。オプティカルダイセクター解析では、マウス海馬歯状回の神経前駆細胞と新生ニューロンの分布密度がケタミンの一回投与によって有意に増加することが明らかになった。また、ケタミンの新生ニューロン産生促進作用には、海馬の長軸に沿った差異が存在し、認知や学習に関わる背側海馬に比較して、気分や情動に関わる腹側海馬の方が強い傾向が認められた。新生ニューロンの樹状突起の三次元再構築では、ケタミンの新生ニューロンの成熟促進作用は腹側海馬のみで認められた。T迷路試験では、ケタミンによる認知機能の改善は認められなかったが、強制水泳試験では、ケタミンによって抑うつ関連行動の減少が認められた。ウエスタンブロットでは、コントロールマウスにおけるNMDA型グルタミン酸受容体GluN2Bサブユニットの発現が背側海馬に比較して腹側海馬の方が高いのに対して、GluN1サブユニットの発現には背側海馬と腹側海馬で差異は認められなかった。ケタミンの抗うつ作用に関連している可能性が指摘されている脳由来神経栄養因子 (BDNF)、AMPA型グルタミン酸受容体GluA1サブユニット、リン酸化哺乳類ラパマイシン標的タンパク質 (p-mTOR) の発現レベルは、コントロールマウスでは差異は認められなかった。しかしながら、ケタミンによるBDNF、GluA1、p-mTORの発現上昇は、背側海馬に比較して腹側海馬の方が有意に高かった。一連の結果は、ケタミンの抗うつ作用の薬理学的基盤は腹側海馬における神経新生の促進作用にあり、NMDA型グルタミン酸受容体GluN2Bサブユニットを介するものである可能性を示唆している。
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