研究実績の概要 |
本研究の目的は、小脳をモデル系として、あるいは小脳で見つけられた神経細胞運命決定因子を手掛かりとして、様々な種類の神経細胞がどのようにして生み出されるのか、その分子機構を明らかにすることであった。我々はこれまでの解析により、転写因子Ptf1aが小脳脳室帯の神経上皮で働き全ての小脳の抑制性神経細胞の運命決定に関係することを見出していた。その後、Ptf1aが、蝸牛神経核の抑制性神経細胞、登上繊維神経細胞の運命決定にも関わることを見出していた。さらに、発生途上の視床下部の神経上皮でもPtf1aが発現することを見出してはいたが、その機能は長らく不明であった。 ヒトを含む哺乳類の脳は「臨界期」と呼ばれる時期にテストステロン刺激を受けると男性化し、その刺激を受けないと女性化する。しかし「臨界期」以前の脳の性分化機構についてはよくわかっていない。我々はPtf1a遺伝子が「臨界期」より前の胎児期の視床下部の神経前駆細胞で発現することを見出した。その領域でPtf1a遺伝子のノックアウトマウスを作製したところ、その脳は「臨界期」にテストステロン刺激を受けても男性化できず、受けない場合でも女性化されなかった。以上から、(1)脳の性分化のためには、「臨界期」以前に「性分化準備状態」になる必要があること、(2)胎児期の視床下部Ptf1aが脳を「性分化準備状態」へと導き、その後の「臨界期」でのテストステロン刺激・非刺激によって男性脳・女性脳へと性分化させるということが明らかになった(Fujiyama et al., Cell Reports, 2018)。Ptf1aはそれらの中で最も早く働く最上流遺伝子であり、脳の性分化の最初期段階を明らかにしたといえる。小脳については、抑制性神経細胞の生み分け機構や顆粒細胞前駆細胞の増殖制御機構の一端を明らかにすることができた。
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